路上で目覚めた少年の話(その6)
(最初から目つきが変だと思ったけど、こりゃ、いよいよ『キ印』か)
少年は……モリオと仮に名づけられた少年は思った。
モリオは、視線を博士と名乗る男から美しい和服姿の少女に移した。
(と、すると、この人工人間と呼ばれて妙な顔一つしない美少女も『父親』の
そんなことを考えている時に、佐多三吉博士(と名乗る男)に声を掛けられ、モリオ少年はビクッ、と肩を震わせた。
「そうだ、モリオくん……君、靴はどうしたかね? 玄関の靴箱に置いてきたかね?」
突然、妙な事を聞くものだと思いつつ、モリオは答えた。
「は、はあ……」
「靴下は?」
「あの……ミヨ子さんが用意してくれた黒い靴下を……」
「そうか……」
しばらく考え込んでから、博士は思い切ったように「ミヨ子」と娘の名を呼んだ。
「はい、お父さま」
と、答えたミヨ子に博士が命令した。
「イチロウの万能ブーツを持って来なさい……イチロウとモリオくんは
それを聞いて、ミヨ子の顔がパッと明るく輝いた。
思わずモリオの顔が赤くなった。その時のミヨ子の美しさは、世界中の少年の胸をときめかせ、顔を赤らめさせるのに充分だった。
「はい! 今すぐに!」
ミヨ子はスッと椅子から立ち上がると、いそいそと廊下への出口まで行って、ステンドグラスの
「ふん……人工人間め……いっちょう前に、嬉しそうな顔をしやがる」
つぶやいた佐多博士を、思わずモリオはまじまじと見つめてしまった。
「モリオくん……どうやら君は、よっぽどミヨ子に気に入られたみたいだぜ……父親の私が……いや、あのお人形をこしらえた私が言うのも何だが、あれは相当の美少女だ。私が
「ほ、惚れられた? こ、この僕が……ミヨ子さんにですか?」
「なんだ、まだ気づいてなかったのか? 君も相当の
「じょ……冗談ですか……」
「冗談ではなく、本当の話をしようじゃないか。つまり『夢』の話だ……何だ、その顔は……君は私の言う事を全く信じていないようだな……つまり、この世界が全て誰かの夢だ、ということを」
「はあ……信じる信じないというより……あまりに話が突飛すぎて……」
「まあ、そうだろう。君がそんな風に思うことを非難はしないよ。しかし、その代わりに、ひとつ私の『仮定の話』に付き合ってくれ」
「仮定の話、ですか」
「そうだ。この世界のありとあらゆる事が誰かの夢で、つまり、こうして私たちが話し合っている事さえ誰かの夢の中の出来事で、私も君も、本当は実在していない、ただ夢の中だけの
「運命とは、いったい」
「私たち自身の存在そのもの含めてこの世のあらゆる事が、誰かの夢だとしたら、我々の生殺与奪は、その『夢の
「僕たちを生かすも殺すも『夢の
「そう……そういう話だよ。……モリオくん、君は、君自身は夢を見たという記憶があるかね?」
「はあ、何となく……昨日以前の記憶は曖昧ですが」
「私は『こちらの世界』に来て長い年月が
そう言って佐多博士はゴホンと一つ咳払いをして、自分が見たという夢の話を始めた。
「……女が一人、大きな岩の上を歩いている。若い女だ。顔も名前も知らない。まあ、夢の話だからね。ひょっとしたら過去に
「なるほど」
「しかし、一方で、私の中の邪悪なもう一人の私が、こう思うのだ。『いいぞ、いいぞ、その調子だ。女め、このまま歩いて行って崖から落ちてしまえ』って、ね」
「
「邪悪なもう一人の私の思う通りに崖の端まで行き、思う通りに崖から落ちるんだ。私が思った通りの、恐怖に引きつった
「つまり……」
「そうだ。夢の中の出来事は、意識的であれ無意識的であれ、その夢を見ている者、『夢の
「でしょうね」
「しかし、モリオくん、君は本当にそれで良いのかい? 良い奴かも悪い奴かも分からない、その全知全能の神みたいな奴に、自分の言動、一挙手一投足、喜怒哀楽、先の運命まで全て
「しかし、博士、それは……そういう反抗心は無意味というか、矛盾しています。この世界の事すべて、その全知全能の『夢の
「まあ、その通りだな……しかし、ねえ、モリオくん。私は何十年ものあいだ実験に明け暮れていたから分かる。どんな物にも不純物は混じっている。混じりっ気の無い完全無欠の純粋などという物は、この世には存在しないのだよ。それは夢も同じだ。夢というのは、その夢を見ている主体……『夢の
「正直に言って、博士の言っている意味が分かりません」
「つまり、世の中には悪夢というものもある、という事だ。夢の中で全てをコントロールできるというのなら、好き好んで悪い夢を見たいなどと思う人間は居ないだろう? ……『夢の
「なんだか、その『夢の
「
「可能なんですか? そんなことが……」
「可能だと信じているよ。それに『この
「この
その時、再び
胸に、編み上げのブーツを抱いていた。
「どうぞ、これを……」
ミヨ子は少年の椅子の
「えっ?」
床に膝をついて見上げる少女に戸惑い、モリオは少女の父親である博士を振り返って見た。
博士が
少年が椅子を引いて、まず右足をブーツの中に入れると、和服姿の少女はサッと手を伸ばして素早く器用に少年のズボンの
左足も、
編み上げひもを結ぶところまで終えたミヨ子はサッと立ち上がり、ススッとテーブルを周って自分の席まで歩いて行き、椅子に座ってモリオを見ながら満足そうにニッコリ微笑んだ。
……その時……
突然、「プープー」というブザー音が鳴り、天井の隅にあった赤いランプが点灯した。
点灯するまで、モリオはそんな場所に赤ランプが設置されている事さえ気づかなかった。
「何ですか? あれは」
モリオが屋敷の父娘を見ると、二人は不吉そうな顔をして互いの目を見ていた。
二人のただならぬ様子に驚き、しばらくモリオが何も言えないでいると、やっとのことで佐多博士が口を開いた。
「やれやれ……今日は、千客万来だな……しかも『招かれざる客』ばかりとは……まあ、私が自分からこの屋敷に客を招くことは無いから……客人は全て『招かれざる』、なのだが」
そして、美しい娘を見て言った。
「ミヨ子、玄関の様子を見て来なさい。不審者だったら、鍵を開けず、何もせずに食堂へ帰って来るのだ」
「はい……」
和服姿の美少女がサッと立ち上がり、食堂から出て行った。