禄坊家(その12)
「ほお……おかずが二品にご飯に味噌汁……
鍋やフライパン、炊飯器から次々に
「野菜炒めが美遥で、煮物が私の作よ」
玲が座卓の前に座る皆を自慢げに見回した。
「ちょっとした物でしょう? ……はい、そこ!」
何かを言おうと口を開けかけた禄坊の
「禄坊くん、今、何か言おうとしたでしょ……『玲さんみたいな人が煮物なんて家庭的な料理を作れるなんて』とか、何とか。私が家庭的じゃないとか、勝手に決めつけない!」
「決めつけてません。素直に尊敬してるだけです」
「本当かぁぁ?」と疑いの目で禄坊を見る玲の横で、美遥が風田に言った。
「でも……ひとり分の量が少なくなっちゃって……」
「冷蔵庫の食料は、少ないのか? あと、どれくらい有るんだ?」
風田が
「あと一食分……頑張って倹約して二食分、でしょうか……調味料とお米はそこそこ持ちそうですが、野菜は
「そうか……」
風田と美遥の会話を聞いて、禄坊が横から「地下室……」と口をはさんだ。
「もしかしたら地下室に根菜類くらいならストックしてあるかもしれません……お袋は、よく、そうしていたから」
「地下室なんてものがあるのか?」
風田が聞き返す。
「ええ……」
「なんで、早く言わないんだ」
「わ、忘れてました」
「まったく……まあ、良い……食事が終わったら調べに行こう。案内してくれ」
「分かりました」
そこで、味噌汁を
「あの……姉さんの、分を」
その場に居た全員が奈津美を見た。
「姉さんの分を、取っておいてもらえますか? 昨日からジュース一本だけで、お昼も食べていないし……きっと、今夜あたり一度起きると思うんです」
「そろそろ薬が切れる頃なのか?」
風田の問いに、奈津美は
「分かりません……けど……いつもだと、少しずつ『まとも』になって行くんです……寝て、起きて、を繰り返して……でも、本当に『まとも』に戻るわけじゃなくて……その……怒りっぽくなったりするんですけど、夢見てるみたいにフワフワした感じは無くなっていくんです」
「そうか……まあ、仕方がない、だろうな……棘乃森さん、志津倉さん、悪いが、由沙美さんの分も残して置いてやってくれ」
風田に言われ、玲と美遥は、皿に盛る分量を少しずつ減らした。ご飯を
「これから、九人全員が出来るだけ長く飢えないようにするためには、食料品のセーブも重要だ」
その場に居る全員の皿に料理が盛られたのを確認して、風田が言った。
「育ち盛りである十代の諸君には物足りないかも知れないが、我慢してくれ。じゃあ、食べよう」
全員で頂きますと声をそろえ、箸を取った。
* * *
「明日の予定だが……」
食事が終わって、皆が一息ついたところで、風田が座卓を見回した。
全員が風田の顔に視線を向ける。
「明日から、大剛原さん、棘乃森さん、志津倉さんの三人は、禄坊くんに
「クロスボウって、何ですか?」
玲が聞き、風田が「弓矢と銃の中間みたいな道具だ」と答える。
「本当は、皆で猟銃の使い方を教わりたい所なんだが、な……禄坊くんは、まだ、その『決心』がつかないらしい。それで、とりあえず皆でクロスボウの撃ち方だけでも教わって置こうと思うんだ」
「何のために?」
「自衛のためさ。どうだい? 異議のある者は?」
風田が一同を見回す。
誰も何も言わない。
「よし、決まりだな。皆、明日から
呼吸数回ぶん間を置いて、風田が続けた。
「さっき……夕方、
それを聞いて、急に隼人の顔が
禄坊が、訳が分からないといった顔で風田に問う。
「隼人くんのお父さんが製薬会社の社員で、自衛隊に出向? 風田さん、いったい何の話ですか?」
風田が「まあ、最後まで聞きたまえ」と制する。
「S駐屯地の敷地内には、自衛隊の先端兵装研究所とかいう施設があって、その製薬会社は防衛省からの極秘の依頼で、研究員を何人か派遣していた。隼人くんのお父さんも、その一人だった」
そして、夕方、
風田の口から淡々と語られる『世界が終わった理由』に、皆、息をするのも忘れて聞き入った。
* * *
「隼人くん、今の俺の話に、間違いは無いかい?」
最後に、風田が甥に問いかけ、隼人が俯いたまま小さく
「じょ、冗談じゃないぞ!」
突然、禄坊が座布団の上に立ち上がり、小学六年の少年を指さして叫んだ。
「じゃあ、何もかも、お前の父親のせいだって言うのか!」
「禄坊くん……」風田が低い声で
「お前の父親のせいで! N市は、あんな
「禄坊くん、
「男も女も年寄りも子供も! みんな誰が誰だか見分けがつかなくなって! 夫婦で! 親子で! 噛みつき合って、肉を食いちぎって!
「止めろ」
「俺の親父も! お袋も! 俺は自分の親父を銃で撃ったんだ! お前の、お前の父親のせいで……」
「止めるんだ! 禄坊くん!」
ついに風田が大声を出し、禄坊はグッと奥歯を噛んだ。
「禄坊くん……自衛隊の依頼でウイルスを開発したのは、隼人くんのお父さんだ……ここにいる隼人くん自身ではないぞ」
風田が低い声に戻り、禄坊に
「今、君が、指さしているのは、小学六年生の、
そう言われて、やっと禄坊は手を下ろし、座布団の上に座りなおした。
「す……すいません……は、隼人くん……ごめん」
その場の空気に居たたまれなくなったのか、禄坊亜希子が突然泣き出した。
「大丈夫、大丈夫だよ」
隣に座る美遥が、亜希子を抱いて安心させようと頭を
美遥のワンピースに顔を埋めて、亜希子は泣き続ける。
他に、誰も、何も言おうとしない。
「ちょ、ちょっと、亜希子ちゃんと犬の様子を見てきます」
ついに美遥が言い、案外、力強い
「すいません……」
亜希子を抱いた美遥が廊下へ出て
* * *
食後、後片づけは他の者に任せて、風田は禄坊の案内で地下室へ向かった。
打ちっぱなしのコンクリート階段を途中まで降りて、風田が「待て」と禄坊を制した。
「銃保管室へ行って、クロスボウを持って来よう」
振り返った禄坊に風田が言う。
「万が一、という事もある」
「まさか……」
「用心に越したことは、ないだろう」
二人は
「行くぞ」
風田が言い、アルミドアのノブを回す。鍵は掛かっていなかった。思い切ってドアを開け、背を低くして、禄坊とポジションを入れ替える。
クロスボウを構えた禄坊が、暗い地下室に入って行った。しばらくして電灯が
「風田さん、OKです」
明るくなった地下室から、禄坊の声が聞こえた。