ハーレム禁止の最強剣士!

再び少女は消え、グリフォン立ち上がり、一行、展示室を後にする。

1、アラツグ

「おおい! アラツグ!」
 遠くから自分を呼ぶ親友の声にアラツグは振り向き、ホールの壁際かべぎわに立つローランド達を見た。
「ちょっと、こっちへ来い!」
 ローランドが手招きをしている。
「なんだよ、ローランドのやつ、こんな時に……ああ、レンカちゃん、俺の友達が呼んでいるから、ちょっと行ってくるわ」
 そう言って、壁際の親友のもとへ向かって歩こうとしたアラツグの袖を、エレアナがギュッとつかんだ。
「わたし、あの人、嫌い……」
 少女は、遠くからこちらを見つめているローランド達を敵意のこもった眼差しで見返していた。
「嫌い? 何で?」アラツグが聞き返す。「さっき、剣を抜こうとした事をに持ってんの? あれは、何か勘違いしていただけだよ。ちょっとした誤解だって。俺がその誤解を解いてやったから、もう大丈夫だよ。本当は良いやつなんだよ。十歳からあいつと付き合っている俺が言うんだから間違いない」
 そう言ってアラツグをエレアナが見上げた。
「アラツグさん……よく他人ひとからって言われるでしょ?」
「え? ま、まあね。お人好しなんていう言葉、よく知っているね」
「悪い人に騙されないように気をつけて……まあ、誰とは言わないけど」
 少女は、アラツグの袖を掴んでいた手を離した。
「私、そろそろ行くわ。いつまでもここに居ないほうが良いみたい」
「そ、そうだね。ご家族も心配しているだろうし……ちょっと待ってて。今、ローランドに言って展示場の鍵を開けてもらうから」
「大丈夫よ。私だけが知ってる『秘密の抜け道』があるの」
「え?」
「あの人たちには内緒ないしょよ」
 言い残して、少女は、伏せているグリフォン像の向こう側にタタタッと走って、ローランドたちからもアラツグからも見えない像のかげに隠れた。
「……秘密の抜け道って……大丈夫かな?」
 アラツグは頭をきながら少女の消えた方をしばらく見ていたが「ま、本人が『大丈夫』っていうんだから大丈夫……なんだろうな……」と独りごち、ローランドの方へ歩いて行った。

2、ローランド

「エレアナ、とか言ったか? あの少女はどうした?」ローランドが、こちらに歩いてきたアラツグに言った。
「ああ……どこかへ行ってしまったよ。たぶん両親の所に戻ったんじゃないかな?」と、アラツグが返す。
「戻ったって……」ローランドが呆れたようにアラツグを見た。「ここは財団傘下うちの腕利き剣士団が水も漏らさぬほど厳重に警備しているんだぞ? 十歳とおにも満たないような少女がそう簡単に出たり入ったり出来てたまるかって……お前、あのレンカとかいう少女、怪しいと思わねぇのかよ?」
「全然。可愛い女の子じゃねぇか」
「まったく……お前なぁ……お人好しにも程があるぞ」
「ああ、それ、さっき、あの子にも言われた」
「何だって?」
「お人好しって……さっきレンカちゃんにも言われた」
「チッ」
 イライラを隠しきれず、ローランドは思わず小さく舌を打ってしまった。
(あの怪しい少女は気になるが……まあ、それは後のことだ……今は……このグリフォン像を何とかして元の姿に戻す)
 ローランドは気持ちを切り替えて親友の顔をジッと見つめた。
「おい、アラツグ」
「何だよ……」
を元に戻せ」
「あれ、ってなんだよ」
「グリフォン像」
「はあ?」
「あの像は、姿?」
「いや、まあ、そうらしいけど……」
「だったら、元に戻せ。伏せの姿勢を取らせたんだ。元の姿勢に戻す事も、お前なら可能なはずだ」
「そんな……妙な理屈をこねられても……」
財団おれらには、この貴重な文化財をまっとうなコンディションに保つ義務がある。それに俺はこの博物館の委員会のメンバーでもある。さらに、財団傘下うちの連中が警備を任されている……どっちの面から考えても、グリフォン像をこんな姿のままにしておくわけにはいかない」
「ローランドにその責任があることは分かったけど、何で俺がグリフォン像に再度命令せにゃならのだ? 第一、このグリフォン像は実はからくり仕掛けデウス・エクス・マーキナの一種で、俺の声に合わせてゾイレさんが隠しレバーか何かを操作したという疑いもある……お前ら、本当は、俺のことんじゃないのか? いきなり博物館なんかに呼び出したりして、大掛かりなドッキリ仕掛けてんじゃねぇのか?」
 いきなり疑り深い目つきになったアラツグを見て、ローランドが「ああっ! イライラする!」と叫びながら良く手入れされた自分の金髪をきむしった。
「アラツグ! お前は馬鹿だ! お人好しだ! 変なところでがらにもなく疑り深くなるな! その足りない頭で考えても的外まとはずれのトンチンカンな答えで周りをイライラさせるだけだ! とにかく、さっさとグリフォン像に命令して来い! さっきは、あの少女ガキに言われるままにグリフォンに命令してたじゃねぇか!」
「は……恥ずかしいんだよ!」
 アラツグがチラリとメルセデスの顔を見た。
「良いとしして、怪物の像に向かって命令だなんて……しかも、メルセデスさんみたいな美少女の見てる前で……」
「良いから、さっさとやれ!」
「あ、ああ……」
 ローランドの気迫に押され、アラツグは渋々グリフォンの方に歩いた。
 怪物の正面、五レテムほどの距離を置いて立つと、やけくそ気味に両手を広げ、「もとの姿勢に戻れぇぇぇ」と叫んだ。
 怪物がぎろりとこちらを見返した。
 一瞬、その巨大な金属の目玉にが、気を取り直して、もう一度、「もとの姿勢に戻れぇ」と叫ぶ。
(恥ずかしぃー)
 そう思いながら、グリフォンの瞳を見返す。振り返ってメルセデスやローランド達の顔を見る気になれない。
 グリフォンが、再び、動き出した。
 伏せていた首を持ち上げ、鷲の爪を持つ前足と、獅子の後ろ足を伸ばし、後退して台座の上に立ち上がる。
 畳んでいた巨大な金属の翼を体の両側に一杯に広げ、ガラス天井越しに空を仰いだ。
 怪物の像は、アラツグ達がこの東展示ホールに入って来た時と寸分違わぬ……少なくとも目視ではそのように見える……姿に戻った。
 最初と違っているのは、グリフォンがその並外れた体重で潰し、ひしゃげさせた囲いロープの支柱がゆかに転がっている事くらいだった。

3、アラツグ

 後ろから、「よくやった」と声をかけられた。
 アラツグが振り返ると、ローランドとメルセデスがゆっくりとこちらに歩いて近づいて来た。
 秘書のハンス・ゾイレは、像の立つ台座の周囲をぐるりと歩きながら何かを調べている。
「『よくやった』……ってなぁ……人にこんな恥ずかしいことさせておいてよく言うよ……お前、俺がどれだけ恥ずかしい思いで『怪物に向かって叫ぶ』なんてことをしたと思ってんだよ……上手くいったから良いようなものの……」
「まあ、そう言うな。結果オーライだ」
「本当に、これ、お前がんじゃないんだな? ……じゃあ、? ?」
「分からんか?」案外、真剣な瞳で、ローランドが聞き返した。
「分かる訳ねぇだろ」
「例えば、このグリフォンに命令する時、グリフォンから発せられる『何か』を感じなかったか?」
「『何か』って、何だよ……分かんねぇな……」
「……そうか……やはり『武器』が無いと駄目か……使……と言うことか……」
「また、それかよ……じゃあ、何か? 俺は、その三千年前の英雄ガリッドの再来だか生まれ変わりだかで……だから、この怪物ばけものは俺の命令を聞いたとでも言うのか?」
「信じられんか?」
「ああ。信じられんね」
アラツグおまえの命令に従って古代の巨像が動いたと言う、その奇跡を目の当たりにしてもか?」
「あ……ああ……ま……まだ、ローランドおまえが金にものを言わせた大掛かりな舞台装置で俺を騙していると言う可能性も捨てきれない……理由は分からんが……」
 アラツグのその言葉を聞いて、ローランドは少し失望したように「ふう……」とめ息をき、親友の肩を軽くポンッ、と叩いた。
「まあ良いさ……お前がそう思いたいのなら、そう思ってくれても結構だ……、な」
 そして金髪の少年は、真剣な眼差しで親友の黒髪の少年を見つめた。
「アラツグ……常識に惑わされるな……世界の有りのままの姿をちゃんとその目で見るんだ……友人としてご忠告申し上げて置くよ……いや、これは忠告なんて生易なまやさしいもんじゃねぇ……
「め……目覚め……?」アラツグは、案外凄みを帯びた友人の声に戸惑いながら鸚鵡オウム返しにつぶやいた。

3、ローランド

 真っ青な瞳で親友を見つめていた金髪の少年が、ふと視線を外し、肩越しにアラツグの後ろを見た。
 その視線につられて、アラツグも後ろを振り返る。
 ハンス・ゾイレが巨像の台座を一周して戻って来たところだった。
「どうだった?」
 ローランドが秘書に声をかける。
 ゾイレは黙って首を横に振った。
(……そうか……やはり居なかったか……あの少女ガキ……一体何者だ? 何らかの魔法を使ったのか? だとしたらエルフ公使館の手の者か……)
 あの少女がエルフの一味だとしたら、怪物像の事も、アラツグの事も、エルフ達に知られてしまった。
 ……まあ、仕方が無い……とローランドは気持ちを切り替えた。
としては痛い失敗だが、今さらどうにもならん……それよりも善後策を講じるべきだが……)
 怪物像の頭を見上げる。
グリフォンこっちの方は、まあ良い……連中エルフとて、直ぐに何かを仕掛けては来ないだろう)
 そして、もう一度、アラツグの顔を見る。
(問題は、アラツグこいつだな……アラツグこいつが『英雄』だと知ったら、エルフは全力でだろう……拉致……監禁……それから……)
 エルフには人間の精神の乗っ取り、思うままに操る術があると言う……
(それをアラツグに対して使うのか……)
 それだけは絶対に駄目だ、とローランドは思う。
 彼の目の前に立って、阿呆面アホづらでこちらを見ている黒髪の少年は、十歳から山奥の道場にこもって厳しい修行を一緒に耐えた仲間だ。たった一人の兄弟弟子だ。
(まだ『覚醒』していない以上、人間の剣士としてアラツグがどれだけ強かろうと、魔法種族であるエルフに勝てると言う保証は無い……ならば、ブルーシールド財団おれたちが……いや、が、命に代えてもアラツグを守る……アラツグを失うわけにはいかない。人間社会としても……俺個人としても)
「どうした? 急に考え込んだりして……」お気楽な顔でアラツグが言った。
 その声に、ローランドはハッとして、再度、親友の顔を見た。
(まったく……世話の焼ける『英雄』さまだぜ)
 命をける覚悟をしたその相手の、いかにもお気楽で無神経な顔を見て、急に深刻ぶっていた自分が阿呆アホらしくなった。
 同時に、悲壮になっていた心がいやされていくのを感じてもいた。
「何でも無い」
 軽く笑いながら、ローランドが言った。
「グリフォン見学も、もう充分だろう。さあ、帰ろう」
「そうだな」
 ローランド、メルセデス、ハンス・ゾイレ、アラツグの四人は、閉め切られていたサミア市立中央大博物館東館グリフォン展示ホールの鍵を解き、重いなら材の扉を開けて渡り廊下に出た。
 ホールを出る直前、アラツグは、振り返って巨大な像を見た。
 元のままに翼を広げ空を見上げていた怪物の頭が少しだけ傾き、金属の瞳が動いてアラツグを見返した。
 アラツグには、怪物が微笑んでいるように見えた。

4、エレアナ・スタリヤァー

 最後に、再び楢の大扉おおとびらに施錠をする「ガチャリ」と言う音が東館に響き、それっきり、誰も居なくなったホールは静寂で満たされた。
 ホールの真ん中で翼を広げているグリフォン像の左肩の陰から、一匹の黒い小動物が顔をのぞかせた。
 小動物……小さな黒猫……は、しばらく扉を見つめた後、数レテムの高さにある怪物の肩からホールのゆかに向かって飛び降りた。
 小猫の体は、何か不思議な目に見えない力に支えられているのか、案外、ゆっくりとした速度で落ちていった。
 そして床に付く直前、体全体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間、小猫は消え、床の上に一人の可憐な少女が、とんっ、とり立った。
「アラツグさん……かぁ……」
 黒髪の少年剣士の消えた重い扉をしばらく見つめた後、少女は、巨大なグリフォンの頭を見上げた。
「良い人そうだね。まあ、ちょっと頼りない感じだけど……何にしても、良かったね」
 怪物は、静かに、春の光が降り注ぐ空を見上げて居た。