路上で目覚めた少年の話(その8)
「最初は、ごく
意外なほど落ち着いた声で、博士が語り始める。
「……どんなに方程式を因数分解しようとも決して答えの出ない
「結論は、何だ! 何だと言うのだ! さっさと言え!」
美少年の顔から薄笑いが消え、苛立ち、叫んだ。
それと反比例するように、落ち着きを取り戻した佐多博士の顔に薄笑いが浮かんで来た。
「そう
「ば、馬鹿な! あり得ない! そんな事が、あってたまるか!」
「そうだな……他人の夢を操作するなど……通常なら考えられない話だ。しかし、もし、この夢の外の世界が、我々の想像をはるかに超えた先進科学を持っていたら? いや、そもそも夢の中の住人である我々には、本来は夢の外の事など、想像すら出来ないのではないのかね?」
「く、くだらん! すべては妄想だ! 貴様の狂った頭に浮かんだ
「今度こそ、ほんとうに私の頭の中を
佐多博士が余裕の笑みを浮かべる。
逆に、さっきまで博士を
「言われなくても!」
博士の心の中を探ろうと、
博士も、
美少年の顔が
「そ、そんな……馬鹿な!」
「フッフッフッ……どうした? 『夢の
博士の笑い声は、明らかに美少年・玄鬼郎を侮辱していた。
白く光っていた美少年の頬に、怒りの赤が差す。
ついさっきまで
「なぜだ! なぜ、貴様の考えが読めない! たかが僕の夢の住人のくせにィ」
「だから、さっきから言っているだろう……外部から何者かの『
「う、嘘だ……」
「そうか? ならば、なぜ、君は私の心を読めない? それが君自身の夢の産物ではなく、外部からの干渉によるものだからではないのか?」
「信じない……僕は、信じないぞ!」
「どうぞ……ご自由に……しかし、私の心を読めないという事実には、どうケリを付けるつもりかね? いくら嫌々をした所で、厳然たる事実は変えようがないだろう?」
そう言って、佐多三吉博士は満面の笑みを
それは、この世界の創造主、夢の主に対する反抗の心であり、そして勝利宣言だった。
……突然!
佐多博士の後ろの壁が、まるで爆風でも喰らったように
「ぎゃあああ!」
博士は、もの凄い悲鳴を上げて
その向こうから壁を突き破って出現したのは、巨大な双頭の黒馬だ。
双頭の馬は、その体重と脚力と硬い
玄鬼郎の体は反動で後ろに
玄鬼郎の体が廊下の壁からずり落ちて動かなくなると同時に、あれほど荒々しかった双頭の黒馬の動きもピタリと停まった。
馬の後ろには、
玄鬼郎が動かなくなり、馬の動きが止まると同時に、玄鬼郎によって体の自由を奪われていたミヨ子の体からフッと力が抜け落ちて、そのまま
「ミヨ子さん!」
モリオと名付けられた少年も体の自由を取り戻し、和服姿の美少女のもとへ駆け寄った。
「ミヨ子さん! 大丈夫ですか!」
「え、ええ……私は……ここから逃げましょう……早く……あの少年が復活しないうちに……」
「復活? あの夢見玄鬼郎とかいう少年が生きているとでも言うのですか?」
「ここは玄鬼郎の夢の世界……生死さえも思うままに操れる……さあ、あの少年が目を覚まさないうちに、馬車の中へ……」
「馬車の中?」
「ええ……これは私の勘ですが……あの中なら安全かと……」
「本当ですか?」
「確証はありません……しかし、疑っている時間も無いでしょう……さあ!」
少女は、やっとの思いで立ち上がり、そのままヨロヨロと力なく歩いて馬車の扉を開けた。そして
「さあ! 早くお乗りになって!」
訳も分からず、しかし、少女の言う通りにしようと決めて、少年も馬車に乗り込んだ。
馬車の中は広く、豪華だった。
少女は車内に造り付けられた赤いビロード張りの椅子にグッタリと寄りかかり、少年を見ながら車室の
モリオ少年が振り返って少女の指さす方向を見ると、
「あれで……」
少女が言った。
「あれで……夢見玄鬼郎の手を……私の体を
「え?」
「今の私には、自分で復讐をする体力がありません……だから、代わりに……」
「しかし……」
「モリオさん、私の魂と
「……」
「モリオさん、お願いです!」
モリオはビロードの背もたれに寄りかかり、はあはあと
濡れた真っ黒な瞳が少年を見返していた。
モリオは壁に掛かったサーベルを取ると、馬車の扉を開いて車外に飛びだした。
壊れた扉のささくれに気を付けながら、黒馬の体と扉の隙間から廊下に出る。
廊下の壁に寄りかかり、座るような格好でグッタリしている美少年を見下ろした。
黒馬の巨大な
「右だったか、それとも、左手か……」
着物を
サーベルを大きく振りかぶり、玄鬼郎の手に狙いを定めてマサカリのように振り下ろす。
ちょうど
すでに死んでいる玄鬼郎の体が、なぜか激痛を感じたようにビクンッと震えた。
モリオはサーベルの刃を美少年の千切れかけた腕から抜き、もう一度、振りかぶり、全身の力と体重をかけて振り下ろした。
刃は、さっきの傷から五センチ程ずれた場所の肉を裂いた。
もう一度、振りかぶって、振り下ろす……もう一度、もう一度、もう一度……
何度も何度も、ミヨ子の体を
サーベルを持ち上げられない程に疲れ切って、モリオはやっと我に返った。
玄鬼郎の手を見下ろすと、元の形も分からないような血と肉と骨のボロ
サーベルを引きずりながら、ふたたび馬の体とドアの隙間を通って食堂に戻り、馬車に乗り込んだ。
中で待っていた美少女は、疲れた顔をモリオに向け、精いっぱいの笑顔を作った。
「ありがとうございました」
その言葉に
「これから、どうしますか」
「どこか、遠い所へ行きましょう」
「遠い所とは?」
「さあ、どこかしら……私にも分かりません……行き先は馬が……
それに答えるかのように、双頭の黒馬が大きく一度ひひっと
二輛編成の連結馬車がゆっくりと動き出す。
双頭の黒馬と連結馬車は、迷路のような屋敷のあらゆる壁を破壊し突き抜け、最後に玄関を破って森の砂利道に出た。
轟音にモリオが丸窓から屋敷を振り返って見ると、内部から柱と壁を破壊され支えを失った屋敷が崩れ落ちる所だった。
双頭の馬は、最初は並足で、それから徐々に速度を上げて、連結馬車を
やがて砂利道が終わり舗装道路に出た馬車は一段と速度を増して月夜の森を駆け抜け、