禄坊家(その1)
「ど……どうする?」
SUVの後部座席から一部始終を見ていた
「どうする……て、言われても……」
言われて、
目の前で立て続けに二人の人間が射殺された。
意味不明の内容を
「わ……私が運転する」
意を決したように美遥が言った。
「運転って……あなた、出来るの?」
「だ、大丈夫。車なんて、どれも一緒でしょう? ……それに、結衣のお父さんが言っていたじゃない……自分に『もしもの事』があったら結衣が、結衣も駄目なら私が運転しろ、って」
ワンピースの少女はドアを開け、元陸上部らしい軽い身のこなしで車外に出た。
「結衣は、気が動転しているだろうし、ここは私がやるしかない」
そう言って後部座席のドアを閉め、運転席の側に回り込んでドアを開け、乗り込んだ。
「まったく……つくづく、あなたって、いざという時は決断が早いっていうか……案外、くそ度胸があるっていうか……」
「それ、
エンジンのスタートボタンやセレクターレバーを確認しながら、美遥が玲に言った。
「
突然、運転席のドアが開いた。ドアの脇に
「どいて」
結衣に言われ、運転席の美遥が「え?」という顔を作る。
「ええと……今の結衣には、車の運転は無理なんじゃないかな……」
美遥が、結衣のファッション・モデルのような長身を見上げて言った。
「ここは私に任せて、結衣は後部座席に……」
「どいて! これは父さんと私の車よ! ……父さんが言っていたでしょう? 『自分にもしものことがあったら』……」
一瞬、結衣の顔がクシャッと泣き顔になったが、何とか
「父さんは……私が代わりに運転しろ、って」
「……でも……今の結衣には」
「良いから、どいて!」
同級生の怒鳴り声に驚き、美遥は急いで運転席から降りた。代わりに大剛原結衣が運転席に座る。
仕方なく、美遥は元の後部座席に戻った。
SUVの車内が、しん、と静まり返る。三人の女子大生たちの誰も、何も言おうとしない。
結衣がエンジンのスタートボタンを押した。
* * *
「……よかった……オートマ車だ」
軽トラックの運転席に収まり、セレクターレバーを見ながら
一応、免許証はマニュアル車で取得したが、教習所を出て数か月、クラッチ・ペダルのある車を運転したことは、まだ一度も無い。
「これは……二駆・四駆の切り替えボタンか」
なんとか運転できそうだ、と安心した所で、
「叔父から、これを禄坊さんに渡せって言われました」
ポケットからスラッグ仕様の
「ああ……そう……あ、ありがとう」
禄坊は少年から弾を受け取り数をかぞえた。十発あった。ジャケットのポケットに入れる。
「それから、禄坊さんの家まで、どれくらいか聞いて来い、って」
「……そんなに遠くないよ。ここまで来れば
「わかりました。じゃあ、僕は叔父さんの車へ帰ります。僕が叔父さんの車に乗り込んだら、
「わかったよ」
窓ガラスを閉め、ハイブリッド・カーに帰って行く隼人の
「まったく、何から何まで
少年がハイブリッド・カーに乗り込んだのをミラー越しに確認して、禄坊太史は軽トラックのエンジンをかけ、ギアを
* * *
それから、集落を三つ通過した。それらの集落では遠くに何人かの〈嚙みつき魔〉を見つけたが、車に乗って移動している限りは特別危険な存在でもなかった。たとえ、エンジンの音を聞きつけてこちらに向かって来たとしても、のろのろと歩く〈嚙みつき魔〉たちに追いつかれる心配は無かった。
四つ目の集落に入ったところで、一行は軽トラを先頭に、広い広域農道から脇道に入った。
両側に農家が三軒ずつ続く狭い道を通り抜ける。
(……さすがに、この狭い道でやつらに出会ったら、やっかいだな)
軽トラックを走らせながら、禄坊は左右をキョロキョロと見回す。
(遠回りだけど、いったん市街地方面へ抜けて、反対側から家に帰った方が良かったか……)
こういう時は、加速して素早く通過した方が良いのか減速して注意深く走った方が良いのかも分からず、何となく速度を落として走る。
最後の家の間を通り過ぎた。
あいかわらず道は細いままだったが、両側には見晴らしの良い田んぼが続く。〈噛みつき魔〉は居ない。
バックミラーを見ると、後続の二台も無事に小集落を通過したようだった。
二百メートルほど進んだところで、禄坊はハンドルを切って軽トラックを山の方へ向けた。
なだらかな坂の上に、杉林を背負って建つ我が家があった。
* * *
「すごーい! あ、あれが禄坊くんの家? ご、豪邸じゃない!」
SUVの車内で、棘乃森玲が驚きの声を上げた。
なだらかな坂を登っていく禄坊の軽トラを見ながら、志津倉美遥も
「そうみたい、だね」
坂道の奥、一行が目指す先、田んぼと杉林の境界に、その大きな家はあった。
石垣を積んで傾斜を平らにならし、
軽トラックは屋敷の門を通り過ぎ、
風田のハイブリッド・カーが軽トラの横に停車し、さらにその隣に、結衣の運転するSUVが停まった。
「あ、の、やろー」
SUVの中で、玲が
「なーにが『別に金持ちでも何でもない、普通の大学生で~す』……だっ。すげぇ豪邸に住んでんじゃねぇか……」
「た、確かに……」
美遥も少々驚いている様子だった。
地価の安い地方都市の農村部でも、これほど立派な屋敷は滅多に無い。まして玲と美遥は地価の高い東京生まれだ。二人の目には、禄坊の実家が別世界の御殿のように映った。
「ちぇっ!」
玲が舌打ちをする。
「こんなお城みたいな家に住んでるんなら住んでるって、ちゃんと最初会った時に言えよ! そうと分かっていたら、ぽっちゃり体形で多少顔がブサイクでも我慢して付き合ってやったのにさぁ……てか、今からでも遅くないから誘ってみようかな……美遥は、どう思う?」
「あ、あの……玲……たぶん、ね……」
「たぶん……何よ?」
「もう、家柄とか、お金とか、そう言うの、あ、あんまり意味が無いんじゃないかな」
「え?」
「もう、そう言う時代じゃない可能性の方が……」
「ああ……そ、それも、そうか……」
一気に興奮が冷め、玲はシートの背もたれにドサッと体を預けた。
その時、今まで運転席で黙っていた結衣が低い声で言った。
「ちょっと静かに……」
そして少しだけ窓を開け、耳を澄ます。
……わんっ……わんっ……わんっ……
「犬?」
SUVに乗る三人の女たちは、同時に、少しだけ首を