ハーレム禁止の最強剣士!

アラツグ、男たちに囲まれ、エステル、アラツグの声に涙す。

1、アラツグ

 ざわざわ、ざわざわざわ……
 エルフたちが屋根の向こうに消えたとたん、アラツグと潜冥蠍(せんめいかつ)を遠巻きに囲んでいた野次馬(やじうま)たちが一斉に話し出した。
「あ~あ、やっぱり振られちまったな。まあ、分かりきった事だがな、エルフに告白なんて」
 野次馬(やじうま)の最前列に立っていた中年の男が、隣の男に話しかける。
「あの少年剣士(ガキ)、でけぇ図体(ずうたい)して泣いてるぜ。可哀想(かわいそう)に……」
「おい、少年! そんなに、袖(そで)で目をゴシゴシ擦(こす)るなよ! 見ている俺らまで泣けてくるじゃねぇか!」
 別の場所では、別の二人組の男たちが話していた。
「なあ、あのエルフの女……泣いていなかったか?」
「ええ? んな訳ねぇだろ! 振られた男が泣くのは分かるけど、振った女が何で泣くんだよ!」
「いや、何となく、そう見えたんだがな」
「女なんてのはなぁ、キレイごと並べときながら、もっと良い男が現れたとたん、サラッと平気な顔で鞍替(くらが)えするような冷たい生き物なんだよ! 手前(てめ)ぇで振っといて、泣くわけねぇだろ! それより、あのガキ……ああ……俺の甘酸っぱい十代が蘇(よみがえ)ってきちまった! 誰かが俺の目蓋(まぶた)にタマネギを擦(こす)り付けてるぜ! チキショー! どうしてくれるんだよ! ばかやろう!」
 その時、突然、ひとりの男が野次馬の列から飛び出してアラツグに走り寄った。
 四十歳前後の禿(は)げ頭。
 「八」の字型の口ひげ。
 まだ肌寒い季節だというのに、なぜか袖なしシャツの前ボタンを外して胸をはだけさせている。
 マッチョな二の腕に、モジャモジャの胸毛。
 その毛むくじゃらの丸太のような腕で、いきなりガシッと泣きじゃくるアラツグの背中を抱いた。
「泣いて良いんだ! おもいきり泣いて良いんだぞ! 少年よ!」
 言いながら、マッチョ親父自身が号泣している。
「良くやった。お前は、良くやったんだ! 大勢の目の前で、エルフの女に、あんな大声で告白するなんて、大のおとなだって中々できるもんじゃねぇ! それをよぉ、お前(め)ぇ見てえなガキがよぉ……男には、男にはなぁ……負けると分かっていても、やらなくちゃいけない時があるんだ! お前は男だ! 真の男だ! 男の中の男だ! 見ろっ!」
 そう言って、禿(は)げで、八の字ひげで、ノースリーブの前をはだけて、胸毛モジャモジャ、腕毛モジャモジャのおっさんが、野次馬たちを指さす。
「ここに居る誰一人として、お前(めえ)を笑っちゃいねぇ。お前を笑うやつなんか、ここには一人もいねぇ! お前は英雄だ! 真の英雄(ヒーロー)だ! なあ! みんな!」
「おー!」
 その場に居た男ども、全員、天に向かって拳(こぶし)を突き上げる。
「英雄(ヒーロー)だ!」
「おー!」
「英雄(ヒーロー)だ!」
「おー!」
「英雄(ヒーロー)だ!」
「おー!」
 いきなり感極(かんきわ)まったオッサンの一人がアラツグに向かって走り出す。
 それを合図に、良い歳をした親父たちが、堰を切ったようにアラツグに群がった。
 口々に励ましの言葉を投げながら、泣きじゃくるアラツグの肩をバンバン叩いていく。
 それを、やれやれ顔で遠巻きに眺める女たちが居た。
「あ~あ、全く、何という馬鹿さ加減……」
「あれ、ウチのダンナだわ。いや~、はっずかし~、何しとるの?」
「な~んか、知んないけど、ツボにハマったんじゃない? 男の」

2、財団の男

 近所の男たちが泣きじゃくるアラツグに群がって感動の涙を流し、女たちが呆(あき)れ顔でそれを眺めている時、怪物の死骸に興味を示す男たちも居た。
「うっ、臭いな……何なんだ、この怪物は……」
 背の高い、ひょろりと痩(や)せた男が呟(つぶや)く。
「見たことも無い種類だ。これは早く財団に帰って報告せねば」
 隣に立っていた小太りの男が答える。
 背の高い痩せた男も、小太りの男も、一見、行商人風の服を着ている。
 二人とも、目つきが鋭い。
「その前に、全体をもう少し良く観察しよう」
 潜冥蠍(せんめいかつ)の周囲をぐるりと回りながら、切り取られた捕食脚や、致命傷となった口の刺し傷などを観察していく。
「うかつに触らぬほうが良いぞ。どんな毒を持っているやも知れん」
「ああ」
「しかし……それにしても……」
「これは、何者かに殺されたのだな」
「刃物……おそらくは、長剣のようなもので……」
「仮に、そうだとしたら、この斬(き)り痕(あと)……よほどの手練(てだれ)だ……いや、そもそも人間にこのような仕業が可能なのか?」
「殺(や)ったのが人間とは限るまい? 先ほどのダーク・エルフの二人組かも知れん。魔法のことは良く知らんが、エルフならこの程度のこと、朝飯前なのではないか? とくに、あの若い女のエルフ、腰に剣を下(さげ)ていたからな。何か、魔法の剣撃のようなものの使い手かも」
「女のエルフといえば……」
 小太りの行商人風が、アラツグの方を振り返る。
「あの、無謀にも公衆の面前で女のエルフを口説(くど)いて、見事玉砕(ぎょくさい)したガキはどうだ? あやつも、いちおう剣を持っているではないか……」
「馬鹿な。この人間離れした業(わざ)を、あの図体ばかりでかいガキがか? あの、わんわん泣きじゃくっているガキが? ありえんよ」
「そうなのだが……何か、気になる」
「では、こうしよう」
 長身の男が提案する。
「俺は、このまま真っ直ぐ財団に帰って、この事実を報告する。お前は、あのガキの後(あと)を付(つ)けて何処(どこ)の何者なのかを確かめろ」
「わかった」

3、エステル

 やがて、男たちの興奮も徐々に冷め、ひとり、ふたり、と散っていった。
「じゃあな、少年」
「あんまり思いつめるなよ!」
「世の中にゃ、良い女がたくさん居るんだ」
「そうだ、あのエルフだけが女じゃないさ」
「いつか、良い出会いも有るって」
「まだ若いんだ、これから頑張れ!」
 励(はげ)ましの言葉を残し、アラツグの肩を叩いて、男たちは去っていく。
 未だにガックリと項垂(うな)れて立ち尽くすアラツグ。
 どこかで「おーい、誰か治安衛兵(ちあんえいへい)を呼んで来い!」「うへぇ、臭せぇ、なんだこの匂い」などと言う声が聞こえる。
「馬鹿(ばっか)じゃないの!」
 その声に、アラツグが泣き顔を上げると、目の前にエステルが立っていた。
「男のくせに、いつまでも、めそめそして!」
 アラツグの顔を睨(にら)むエステル。
 それから、その左手に視線を落とす。
「あの女には、触らせてた」
「えっ?」
「あのエルフの女には、触らせたでしょ? その左手!」
「……」
「毒が付いてるから、とか何とか言って、私のことは触ってくれなかったくせに!」
 エステルが、さっと、アラツグの左手に手を伸ばす。
 今度は、アラツグも拒否しない。
 エステルは、アラツグの左手……ではなく、左の袖口(そでぐち)をギュッと掴(つか)んだ。
「さっ、行きましょう! この手、お医者さんに見せないと」
 半(なか)ばエステルに引きずられるように、アラツグは怪物退治の現場を離れた。
「まったく……」
 アラツグの袖を引いて道を歩きつつ、エステルが話しかける。
「何で、よりによって、エルフなのよ!」
 アラツグは返事をしない。
「エルフなんか好きになったって、恋人になれるわけないでしょ!」
 アラツグは返事をしない。
「だいたい、あのダーク・エルフの女、何様? ちょっと美人だからって、なんか、お高く留(と)まったような感じでさ。言っとくけど、あの胸、にせものよっ。あの鎧(よろい)の中身、どうせスカスカなんだから。勘(カン)で分かるわ。お尻は……まあ……まあ、イイ感じだったけど……わ、私だって……独身時代、あやうく女神像の全裸彫刻モデルにスカウトされそうになったお母さんの娘ですからね。あと、五年……いや、三年もすれば、ボイン・ボインのバイン・バインなんだから。そのために、毎日牛乳コップに三杯飲んでるし!」
 アラツグは返事をしない。
 二人は、ズンズン路地を歩く。エステルがアラツグを引きずるようにして。
「どうせ、どうにもならないんだから、エルフなんて好きにならないで人間にしなさいよ。人間の女の子に。……あ、案外、身近に可愛い女の子が住んでるかもよ」
 アラツグ返事をしない。
「案外、身近に可愛い女の子が住んでるかもよ」
 アラツグ返事をしない。
「案外、身近に可愛い女の子が住んでるかもよ」
 アラツグ、やっと口を開く。
「どこに?」
 エステルがピタリと足を止め、アラツグを振り返る。
 ものすごい怒りの表情。
 さすがに、アラツグ、ちょっと感情が蘇(よみが)る。恐怖という感情が。
「ぐぬぬぬ」
 エステル、しばし歯軋り。
 それから、やっと怒りを抑えて「ふぅ」と深呼吸をした。
「ま、まあ、良いわ。今の返事は万死に値するけど、ブラッドファングさんの現在の精神状態を鑑(かんが)みて、今日のところは『貸し』ってことにしとくわ。いつか、利子つけて返してもらうからね!」
 その時、失恋のショックで焦点が定まらず、ぼーっとなっていたアラツグの瞳に光が戻った。
 エステルに掴(つか)まれていた右腕を強引に振りほどく。
「ブラッド……ファングさん?」
「エステルちゃん、ここまで来れば大丈夫だよ。ありがとう。医者へは俺一人で行くよ。君は、ここで分かれて、真っ直ぐお家へ帰ってくれ……」
「ブラッドファングさん、何を言ってるの?」
 アラツグの眼光は、むしろ普段よりずっと鋭くなっていた。
 戸惑うエステルを置いて、アラツグが歩き出す。
「ちょ、ちょっと、待ってって。駄目よ! 私もいっしょについて……」
 後ろから、もう一度アラツグの袖口(そでぐち)を掴(つか)もうとするエステル。
「いいから、さっさと、家に帰れっ!」
 アラツグが、大声で怒鳴った。
 突然のことに、ビクンと一回からだを震わせ、そのまま、固まったようにアラツグを見つめるエステル。
 じわっ……
 エステルの目から涙が溢(あふ)れ出した。
「馬鹿ぁーっ!」
 少女は、泣きながら路地を走り去っていった。
 アラツグは、その背中をしばらく見つめる。
 しかし彼の五感は、エステルとは別の存在に注意を向けていた。
「ヤツは……エステルを追いかけては……行かない、な」
 アラツグが呟(つぶや)く。
 すこし、ほっとする。
「これで、決まりだな。標的は俺、という訳だ。何者かは知らんが」