そんなチートならお断りします。

ドラゴンさん、かんべんしてよ。

 にわかには信じられないけど、この、どこまで行っても白い霧だけの世界に、突き当りがあった。

 俺は、白ひげ爺さん(たぶん神さまっぽい人)の言うとおり、そこを右に折れる。

 すぐに、シャワールームのドアがあった。
 中に入って鍵を閉めると、何の魔法かは知らないが、自動的に着ている物すべてが消滅して真っ裸マッパになった。
 俺の大事な携帯電話も、学校の制服も、ウンコで汚れたパンツも全部、消えて無くなった。

 もう、どうでも良いよ。

 いっそ、さっぱりした気分でシャワーを浴びる。
 シャワー室から出て、脱衣所で白ひげ爺さん(くどいようだけど、たぶん神さま)からもらったトーガを、見よう見まねで体に巻いてみる。
 けっこう、上手くできた。
 当然、片乳首全開だ。

 さっぱりした所で、これからの方針を考える。
 何にも思い浮かばない。
 ……そりゃ、そうだよな。
 とりあえず、あのジジイのところへ戻るか……

 来た道を逆にたどる。
 戻ってみると、爺さん、またも三十二型液晶テレビでプレステ。
 メタルギア・ソリッドなんかで、お遊び遊ばされていらっしゃる。

「あ……あのぉ」

「ちょっと待って、今セーブするから」

 また、これかよ。
 無事、セーブも終わり、爺さん、俺の方を向く。

「うは、何、その乳首、れぇー、メラニン多すぎじゃね?」

 うるさい。

「しかも、乳輪から、毛が三本生えてるよ。うわ、キモ!」

 やり場の無い怒りを抑えつつ、俺は慇懃いんぎんにジジイに聞いた。

「ところで、ここ、どこッスかね?」

「ああ? あー、いわゆる一つの、アストラル界ってやつ?」

「……はぁ」

「説明するの面倒くせえから、天国みたいなところ、で、良いだろ?」

「天国……と、言うことは……あなた様は……」

「まあ、簡単に言うと、この大宇宙の根源的集合無意識体? みたいな?」

「つまり……」

「神さま? 仏さま? ……好きなように呼んで良いよ。本名は斉藤だけど」

「さ、斉藤さん……ですか?」

 どう見ても、ガンダルフとかいう名前のほうが似合っているんだけど……

「え? ひょっとして今、この顔で斉藤じゃ、変、って思った? それ何? サベツ? やばいよ、それ、そういう考え方……」

 俺は、猛烈な勢いで首をぶんぶん振った。

「全然! ぜっんぜん、そんな事思っていません」

「なら良いけど。……で、どうするの、これから」

「とりあえず、地球に帰りたい……」

「無理!」

 0・1秒で否決。

「な、何でですか?」

「もう、終電行っちゃったし」

「……はぁ……」

最寄もよりの惑星って言うと……そうだな……ドラゴン星までなら送ってってやるよ」

「ド……ドラゴン星?」

「ああ、そこで始発まで待ってればいいよ。なーに、ちょっと息がくさくて、ちょっと大きなトカゲみたいな生き物がいるけど、始発まで逃げ続けて、うまく逃げ切れば、オッケー」

「それ、地雷でしょ、絶対に、地雷」

「何? きみ、トカゲとか爬虫類ダメ系な人? あれで、けっこうカワイイよ」

「神さま……いや、斉藤さんも、いっしょに居てくれるんですよね? 始発まで」

「ううん……ごめん、すぐ帰る」

「えーっ」

「メタルギアやりかけだし……」

「そこを何とか……」

「ダメ」

 結局、その辺は、うやむやにして、俺と斉藤さんは、斉藤さんのマイカーで、ドラゴン星に向かうことにした。

 アストラル界の玄関で俺が待っていると、やけに野太い排気音を響かせて、神さま……もとい斉藤さんがガレージからマイカーに乗って来た。

「どう? おれのソープラ。かっこ良いべ」

 ボディーピンク。
 おまけに、ヤマハの伝説的シンセサイザー、元祖FM音源DX7のインジケーターと同じ、ライト・グリーン色のツインテール娘がボンネットで微笑んでいる。

 痛たたた……。

 俺は、ボディサイドに描かれた、そのヤマハ・シンセサイザーDX7のインジケーター色の髪をしたツインテール美少女の、ちょうど膝頭ひざがしらあたりにあるドアノブを引いて、助手席に乗り込んだ。

 ドラゴン星までの道のりは、いかにも田舎の県道という感じで、路面の舗装状態が悪く、車高を思いっきり下げたソープラだと、跳ねる。跳ねる。

「うっぷ……俺、なんだか気分悪いッス……神さま……もとい、斉藤さん」

「お前、俺の車、ぜってー汚すなよ! 絶対だからな! 汚したら、お前、地獄行き決定な。俺、ルシフェルと知り合いだかんよ!」

「……我慢します……」

 そんな、こんなで、ようやくドラゴン星に着いた。
 見渡すかぎり、一面の赤い荒野だった。
 雑草一本、見あたらない。
 NASAの火星探査船からの映像みたい。

「じゃ、ワシは、これで」

 そそくさと帰ろうとする神さまを後ろから締めにする。

「斉藤さーん、じゃなくて、神さま~……もうどっちだって良いや。とにかく逃がしませんよー。いっしょに居てくださいよ~。ちょっと大きな可愛いトカゲ居るんでしょ~? 息のくさいトカゲが~何てったって、ここ、ドラゴン星ですもんねぇ~」

 ……その時……

「ギャオ~~~ウゥゥゥンンンン……」

 ベタな円谷特撮怪獣の声がして、岩場の陰から、その「ちょっと大きな可愛いトカゲさん」が現れた。
 ちょっとどころか……すげぇ……でかい。
 間違いなく、お台場のガンダムより、でかい。

 ばぢっ、ばぢぢぢぢ……
 いきなり、トカゲさんの全身に細かい放電光が走る。

「や、ヤツは……もしや……」

「何、知っているんですか? 斉藤さん!」

「うむ、口から百万ボルトの電撃を発し、あらゆる敵を一瞬で感電死させるという、伝説の雷竜、サンダードラゴン!」

「サンダードラゴンって、何その、まんま感」

「とにかく、ここに居ては、危ない! 逃げるんじゃ!」

「逃げるっていったって、隠れる場所なんてどこにも無いですよ」

「そうか……う~む。ならば、仕方あるまい……」

 神さまの目がギラリと光る。

 ソープラの荷室のハッチを開けて、中から一本の杖を取り出した。
 上の部分が、うねうねっ、となった、仙人が持つような木の杖だ。
 杖を持った神さま、マジ、ガンダルフみたい。

 ばぢぢ、ばぢっ、ばぢぢぢっ……
 サンダードラゴンの鱗の上を走る放電が次第に光を増している。

「神さま~早く~」

「そう、あせるな。よし、行くぞ。とうっ!」

 ジジイにしては案外、軽い身のこなしで、近くにあった大岩の上に飛び乗る。
 杖を持った右腕を真上に高々と挙げて、目を閉じた。
 そして、おごそかに呪文を詠唱えいしょうしだした。

いにしえよりの地に住まう大いなる精霊よ、我、斉藤次郎左衛門じろうざえもんの名にいて命ず、千年の眠りより目覚め、我が一族との盟約を完遂せんと、ほっすれば、うんたらかんたら」

「何ですか、その似非えせ古文みたいな呪文は! あんた、神さまでしょ、何で神さまに呪文が必要なんですか! 早くしてくださいよ!」

 ばぢぢぢぢぢぢ……

 サンダードラゴンの体表を走る放電光が、やがてドラゴンの口の辺りに集中する。
 ドラゴンが、大きく息を吸い始めた。
 のどの奥がヤマトの波動砲みたいに光りだす。

「だめだ、もう、だめだ……」

 俺が頭を抱えた瞬間!

「きぇええええっ!」

 裂帛の気合とともに、神さまは手にした杖の先端をドラゴンに向けた。
 一天にわかに掻き曇ったかと思うと、どす黒い雨雲から、轟音と共に稲妻が一筋、ドラゴンめがけて落ちた!

 あまりの眩しさに、しばらく目を開けていられない。

 目を閉じていたのは、ほんの数秒の間だったに違いない。
 誰かが、肩をポンポンと軽く二回叩いた。
 恐る恐る、目を開けると、神さまが横に立っていた。

「おっと……」

 いかにも、力尽きたように片膝かたひざをつく。
 ぜぇぜぇと肩で息をしている。

「最終奥義、皇帝雷撃カイザーボルト……我が、全身の魔力を一点に集中させて繰り出す、渾身の一撃よ……だが……」

 神さまが、フッ、とニヒルに笑う。

「その分、体力の消耗も尋常はんぱじゃねぇ……危なかったぜ……この一撃を避けられていたら、俺には、もう打つ手が……」

 え? この程度? 全知全能、大宇宙の根源的集合無意識体が、この程度?
 ……それに……

「神さま……あんた……」

 その時、竜が……サンダードラゴンが、ゆっくりと立ち上がった。

「あんた、サンダードラゴンに雷撃食らわしてどうすんだよ!」

 ドラゴンが、ギロッ、と俺たちをにらんだ。
 ……終わった……俺の人生終わった。
 ……ていうか、おれ、既に人生終わっているんだっけ? どっちなんだよ。