神さま、かんべんしてよ。
俺の全身が、光に包まれた……
……と、その時、制服のポケットから音が鳴りだす。
「ピンポロピロピロ、ジャッジャジャン、ピンポロピロピロ、ジャッジャジャン……」
誰が聞いても耳触りの良い、人畜無害なフレーズだった。
NYYドモコのデフォルト着信音だ。
(しまった、マナーモードにしてねぇ……誰だよ、こんな時に……ま、いいか……もう、どうでも)
などと思っている間にも、全身を包む光は強くなっていく。
……と、その瞬間……
迫り来る圧倒的な物量に対し、今まで必死の抵抗を試みていた俺の括約筋が、とうとう限界に達した。
「司令官どの!」
俺の括約筋が、俺の脳内で泣きながら俺に報告した。
「善戦空しく、我が軍は、とうとう最終防衛ラインを突破されました!」
ぷちゅっ……
(あ……
俺の体は、時空の彼方へとフッ飛ばされた。
……どれくらい、気絶していたのか……
気が付くと、もやもやとした白い気体に満たされた空間にいた。
どこに光源があるのかは知らないが、空間全体がぼんやりと光っている。
起き上がろうとして……初めて気づいた……
今、自分の体は空間を浮遊している。自分自身の重みが感じられない。
つまり、ここには重力が無い。
すると、やっぱり、ここは宇宙なのだろうか……
俺は、あのエイリアン・テロリストが言うとおり、無限に広がる真空の闇に飛ばされたのだろうか?
それにしては、呼吸ができる。
宇宙の温度は、絶対零度に限りなく近いと聞いたことがあるが、ここは寒くも暑くもない。まるでコンピューターで完全に制御されたエアコンのある部屋みたいに快適だ。
だいたい、宇宙っていうのは、真っ暗なんだろ? 星の光以外は。
ここは、宇宙というより、むしろ……
「天国?」
俺は死んだのか?
まあ、何にせよ……
「周囲の様子を調べてみるか……」
俺のその意志に反応するかのように、浮遊している体が、すぅーっと前に動く。
「え?」
試しに『右へ行け』と念じてみる。
体が、右へターンした。
『左』
左へターン。
つまり、今の俺は、念じただけで、この空間のどこへでも行けるのか。
とりあえず、前も後も右も左も上も下も白い霧のような気体以外何もない空間を、まっすぐに進む。
やがて、ぼんやりと、向こうに何かが見えてきた。
近づいてみると、空中で
こちらに背を向けているので顔は見えなかったが、どうやら老人のようだ。
トーガ、だったけ、古代ローマ時代の白い布をいわゆる「
右肩が布から露出していた。
「……あのー、あのーお……」
「ちょっと待って、良いとこまで行ったらセーブするから」
老人は、こちらも振り向かずディスプレイを見つめたまま、意外にも日本語で言った。
日本人だろうか?
しばらく待っていると、老人はメニューからセーブ画面を呼出し、やっとこちらを振り向いた。
外人さんだった。
すくなくとも、見た目は。
しいて言えば、ロードオブザリングに出てきた、良いもん魔法使いの白ひげ爺さんに似ている。
「あんた、誰? どこから来たの?」
「ええ、と、道に迷いまして……わ、私は……ぎ、銀河大星雲の太陽系の第三惑星の地球という星の日本という国の……」
「道に迷った? ちっ、しょうがねぇなぁ」
ロードオブザリングの白ひげ爺さんが
やっぱり、古代ローマ時代のトーガとかいう布を体にまいていた。
しかも、片方の乳首モロ出し。
乳輪に毛が三本。
うえぇ。
突然、白ひげ爺さんが、鼻をクンクンさせ始めた。
「ん? ……なんか、おまえ、臭くないか?」
し、しまった、おれ、ワープする瞬間、
そういえば、
今回のやつは明らかに下痢便だった。
地球に居れば、重力で直ぐに足元へ流れて行ってしまうようなユルユルの便だったが、幸か不幸か、この無重力下で、
「あんた、さあ」
白ひげ爺さんが俺に尋ねた。
「ひょっとして、携帯電話、持っていない?」
「え? ああ、持ってますけど」
無意識に携帯をポケットから出す。
「ひょっとして、ワープする時、それで電話かけた?」
「いいえ……着信、は、ありましたけど……」
「やっぱりなぁ……ワープ中にウンコしながら携帯電話かけちゃ駄目だって、あれほどキャンペーンCM流してたじゃん……ワープ装置の誤動作につながるって。ワープするときは携帯の電源を切る、これ、基本中の基本マナーでしょ?」
「え? そ、そうなんですか? ぼ、ぼく地球生まれなんですよ。し、知らなかったなぁ」
「地球とか宇宙とか、関係ないでしょ? ドモコで契約する時、利用規約ちゃんと読んだ? 書いてあるはずだよぉ? 利用規約に」
「し、知らなかったなぁ……すいません。読むのサボってました」
「ええ、読んでないの? よくそれで契約書にサインしたね。あんた、あれ、ひょっとして、パソコンにソフトをインストールするときも、利用規約読むの面倒くせえぇとか言って、すぐに『同意します』にチェック入れて『続行』ボタン押すタイプ?」
「日本人の九割は、そうだと思います」
「ああ、危ない、危ない。それじゃ、あんた、もし利用規約に『ソフトウェアの品質向上のためメーカーが股間の匂いを嗅がせろと言った場合、ユーザーは拒否できない』って書いてあったら、どうすんの? それでも従うの?」
「い……いや、それは……」
「しょうがないなぁ。これだからユトリ世代は……おじさんが、子供のころはなぁ、日本中が貧しかったから、みんな生きるために必死だったんだにょ!」
「なんで、語尾がユトリっぽいんですか?」
「もう、何でも良いからさ、服、着替えてきなよ。俺のトーガ貸してやるからさ。ついでにシャワーも浴びたら? トイレもシャワーも、そこ真っすぐ行って突き当り右ね」
……つ、突き当りってあるんですか?
この雲の上みたいな場所に……