そんなチートならお断りします。

盗賊さんたち、ごめんなさい。

 その時、森の中に絹を裂くような悲鳴が木霊こだました。

「キャーッ」

 俺とアレックスは驚いて顔を見合わせた。

「ムッ」

「ぬっ?」

「あ、あの声は、いったい……」

 不審がる俺に、アレックスが言う。

「とにかく、悲鳴のした方へ行ってみるっぺ」

 俺たちは、夜の森を急いで走った。

 走った先には、少女が立っていた。
 高校生の俺よりも、たぶん二歳か三歳くらい年下だろう。
 大きくて、つぶらな黒い瞳と、長くて黒い髪の少女だった。
 身長は、低い。
 俺より三歳年下だと仮定しても、同じ年齢の日本人女子の平均値よりも、はるかに低いに違いない。
 クラスで背の低い競争したら、問答無用で一番だろ、っていうくらいチンチクリンに低かった。
 当然、胸はつるんつるんのぺったんこで、スカートのふくらみぐあいを見るかぎり、尻もかすかに丸みを帯びている程度に違いない。
 生まれの良さそうな上品な顔つきだが、今は恐怖に顔がこわばり、今にも泣きそうに目が潤んでいる。

その少女を囲む、いかにも盗賊ですっていでで立ちの下品な男たち。

「ひい、ふう、みい……全部で15人か」

「アレックス、何、数を数えているんだ?」

「あの、大きな木の下でオドオドしている華奢きゃしゃ可愛かわい清楚系美少女……ただし、おっぱいとお尻は、ボクに比べたら全くお話にならないくらい格下の貧弱少女を囲んでいる下品な男たちの人数」

「なんか、美少女の説明まちがってないか? 前半ほめると見せかけて、後半落としてんじゃねぇか」

「そうだっぺか? そんなつもりは全然ないっぺよ。事実を言ったまでだっぺ……まあ、美少女が登場したら、そいつが自分より格上か格下かの見極めを瞬時におこなうのは、ヒロインとして当然のたしなみだっぺ……それより、少女の周りを囲んでいる男どもの方が問題だっぺ」

「そ……それも、そうだな……あいつら、これからあの少女に、国によっちゃ終身刑言い渡されても文句は言えねぇようなヒドい犯罪をするつもりだろ……そろいもそろって汚ねぇ股間ふくらましてんのが、こっからでも丸わかりだぜ」

「だっぺね。……で、どうすっぺ?」

「どう、って、助けるに決まってるだろ」

「そうか……それでこそ、私が見込んだ将来の旦那さん……」

「え?」

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……な、なんでも無いっぺよ。と、とにかく助けるっぺ」

「おうっ! じゃ、まかせたぞ!」

「え?」

「だ、か、ら、アレックスにまかせるから、はやく行って、ちゃっちゃと片付けて来いよ」

「な、なんで、か弱い女の子のボクが一人で行かなきゃなんないっぺ?」

「だって、お前、すげえ強いじゃん。さすが一時は王家跡継あとつぎの男の子として英才教育受けてただけの事はあるってもんだ……昼間のパープル・スライムやった時みたいに、ビュッ、ビュッ、ビュッ、ってやっつけちゃえよ」

「そんなの許されると思っているっぺか? 男たるもの、ひ弱で臆病でヒョロヒョロで軟弱で卑怯でだらし無くて怠け者で水虫でインキンでホーケーだったとしても、ここは率先して勇気をふりしぼって戦うべきだっぺ」

「おい、なに勝手に決めつけてんだよ。しかも、ぜんぶ本当なので増々くやしい」

「とにかく、はやく行くッペよ!」

 凄腕の女騎士でもあるアレックスは、いきなり俺の襟首をつかみ、ズルズルの引きずって少女をとり囲む盗賊たちの輪の中に割って入り、戦いを前にした戦国武将か、歌舞伎の千両役者みたいに見栄を切って叫んだ。

「やあやあ、我こそはイナカーノ王国第五王女にして、
 諸国を旅する冒険者!
 婿むこをさがして三千里!
 剣は一級、
 弓は二級、
 茶道中級、
 お花は三級、
 お琴も少々やってます。
 料理教室は週二回の華麗なる美少女姫騎士Fカップ! アレキサンドラ・メイン・ヒロインデス・イナカーノだっぺ!」

「おまえ、何、全然さり気なくない感じで花嫁アピールしてんだよ。しかもFカップかよ。すげぇな」

「当然だっぺ! ボクの旅の目的は理想の男性かつ両親とうまくやっていけそうな性格の婿さがしだっぺ!」

 そんなこんなで、俺とアレックスは、つるぺたロリ系黒髪美少女を守るように、ゲズな男たちの前に立ちふさがった。

ボクたちが来たからには、もう安心して良いっぺ。スケベ盗賊たちの臭いチンチンから、必ず君を守ってみせるっぺ」

 アレックスがロリ少女を安心させるように言う。

「おい、それはそうと、勝算はあるんだろうな? さっき敵は全部で15人とか言ってたけど……」

「大丈夫だっぺ。この『初心者の森』をうろつく盗賊どものステータスは大体予想がつくっぺ。ボクHPヒットポイントMPマジックポイント強さストレングス敏捷性アジリティーその他を考え合わせると、15人中14人はボクレイピアで倒せるっぺよ」

「おいおい、残りの一人は、どうすんだ……」

「それはドー君の担当だっぺ」

「ええ? だって俺、自慢じゃないが中学一年の時に、刀とか振り回してるイメージでカッコ良さそうだなって理由で剣道部に入って、あまりのキツさと防具の汗臭さに一週間で我慢できなくなって退部して以来、ずっと放課後は家でゲームばっかやってた超軟弱男子高校生だぞ。盗賊なんか相手にして勝てるわけねぇだろ」

「そこは、根性で何とかするっぺよ」

「根性ったって、おまえ……」

「おい、そこの自称Fカップの女騎士!」

 いきなり盗賊の親分らしき男が、アレックスに向かって叫んだ。

「ムッ! 何だっぺ! 気安く呼ばないで欲しいっぺ!」

「おめえ、ひょっとしてイナカーノ王家の血筋か?」

「そうだっぺ! 文句あるっぺか?」

 それを聞いて、盗賊たちは互いに顔を見合わせ、げっへっへ、と、これまたゲスい声を出して笑った。

「おい、アレックス、何であいつら、あんなに興奮してんだ?」

ボクを狙っているっぺ」

「じゅ、純潔?」

「実は、イナカーノ王家の女は、代々、特殊な体質を受け継ぐっぺよ」

「特異体質?」

「イナカーノの血を受け継ぐ女は、生まれて初めて夜をともにした相手のMPマジックポイントを十万倍にすることができるっぺ」

「ええ!」

「実はボクのパパも隣の国から来た婿養子で、ママのおかげで今じゃ国王兼、王国最強の魔道士だっぺ」

「ほんとかよ……おまえ、すげぇボーナス特典レア・イベント付きのキャラだったんだな……」

 そこで俺はピンッと来た。

「ん? アレックス、おまえ、さっき生まれて初めての相手、とか言ったな?」

「な、なにを急に言い出すっぺ?」

 アレックスは、少し恥ずかしがりながら答えた。

「そ、そうだっぺ。いくらイナカーノ家の女だからって、そんなにホイホイとレア・イベントが発生するわけないっぺ。イ、イベント発生は一生に一度……ボクが初めて純潔をささげた相手にしか起きないっぺ」

 俺は、それを聞いて、ひらめいた。
 そして大博打ばくちを打って出た。

「くっくっくっ……」

 俺は、さも、たまらん、といった感じの芝居がかった笑い声を上げながら、盗賊の方へ一歩ふみだした。

「て、てめぇ、何がおかしい!」

 思ったとおり、低能単細胞の盗賊が、反応してきた。

 俺は、芝居を続けた。

「何がおかしいって? 決まってるじゃねぇか……お前ら盗賊団は何人だ? ……いやいや、言わなくてもいいぜ……分かってるよ。15人だろ?」

「そ、それが、どうした?」

「万が一、お前らの目論見もくろみ通り、アレックスを手ごめに出来たとして……最初にをするのは、誰だ? ああん?」

 そこで、俺は一番偉そうな男に指を突きつけた。

「そこにいる首領さまかぁ? しかしなぁ……? 何と言ってもなぁ、莫大なMPマジックポイントを手にできるのは、このアレックスとなんだぜ!」

「何ッ!」

 盗賊たちの間に動揺が走る。

 俺は続けた。

「首領さんの顔見りゃ分かるよ。見るからにブラック中小企業の社長っぽい顔してるからな。どう見ても『部下を思いやる』って感じじゃねぇもんな……あんたら子分さんたちも大変だよなぁ……でもさあ……」

 そこで、ぐるりと盗賊どもを見回す。

MPマジックポイント十万倍なんていう豪華特典イベントを、みすみす、この部下思いとはとても思えねぇ首領さまに捧げちまって良いのか?」

 互いに顔を見合わせる盗賊たち。

 タイミングを見計らい、俺は、盗賊団の中でも一番若く、一番背が低くて弱っちいそうな男に目をつけ、ビシッ、と人差し指を突きつけた。

「はいっ! そこの君ぃ……」

 まだ十代かもしれないニキビ面の男は、虚を突かれて「ひっ」と情けない声を上げた。

「あんた、見たところ、この盗賊団の中で一番若くて弱っちそうだけど、どうせ使いっ走りに、こき使われてるんでしょ? 『購買で焼きそばパンとオレンジ・パック買ってこいよ、一分で帰ってこいよ!』とか毎日言われてるんでしょ? これが一生に一度の大逆転チャンスだと思うけどなぁ……この機会を逃したら、あんた、一生、首領さまに頭上がんないよ? それでも良いの?」

 にきび面の男は、顔中滝のような汗を流し、ぶるぶると震える手を腰に差した剣に持っていった。

「うわあああああ!」

 突然、にきび男が叫んで、となりの盗賊の腹を突き刺した。

 それを合図に、首領以下15人の盗賊は、俺らそっちのけで互いに斬り合い殺し合い始めた。
 ……アレックスというたった一人の女をめぐって。

 俺たちは、その様子を黙って見ていれば良かった。

「……ふう」

「うまく行ったっぺね」

 ため息をついた俺に、アレックスが俺に声をかけた。

 俺はアレックスを振りかえって謝った。

「ご、ごめんな……なんか、アレックスをダシに使っちゃって……」

「ううん……」

 アレックスが、首を横に振る。

 なぜか、頬がほんのりピンク色に染まり、俺を見る目が潤んでいた。

「腕っ節の強さだけが男らしさじゃないっぺよ。知略をめぐらして味方が無傷のまま、敵だけを自滅させるのは最高にカッコ良いやり方だっぺ!」

「そ、そうかなぁ……」

 生まれてこのかた女の子にほめられたことが無かった俺は、100%俺好みの美少女姫騎士にそんな風に言われて、おもわず照れくさくなって頭をかいた。

 ……しかし、物事はなかなか計画通りには行かないものだ。

 風で空の雲が流れ、それまで隠れていた月が顔を出し、満月の光が森の中に降り注いだ。

「ワォオオオオオーン……」

 狼の遠吠えが森に響き渡った。