青葉台旭のノートブック

名探偵コナンと少年探偵団について

今回は作品評ではなく、市場の中での立ち位置について書きたい。

作品自体の良し悪しは語らない。
消費者のどんな欲求を満足させて金を稼いでいるのか? というテーマに限定する。

少々生臭い話だが、たまには良いだろう。

仮説

まずは結論というか、最近わたしが思いついた仮説を開陳しよう。

  1. かつて『少年探偵団』シリーズが担っていた領域を、現在は『名探偵コナン』シリーズが担っている。
  2. その領域とは、「子供が大人の闘争に関与し、正しい側の大人を助けて勝利に導く」という構図への需要である。

少年探偵団とは何か

江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズが、シャーロック・ホームズに出てくる「ベーカー街の非正規軍」から着想を得ているという話は有名だが、それはそれとして、同シリーズの構図は以下のような物だ。

  1. 友情を基盤とした子供だけのコミュニティがある(=少年探偵団)
  2. 大人の世界には何らかの闘争がある(=明智小五郎と怪人二十面相の闘い)
  3. 子供コミュニティーのメンバーは、いかにも子供らしい無邪気かつ大胆なやり方で大活躍して、闘争する2つの大人勢力の片方(=明智小五郎)を援助する。

さらに言葉を短くすると、

  1. 子供だけの集団がある。
  2. 大人の世界には何らかの闘争がある。
  3. 子供の集団は、闘争する2つの大人勢力のうち正しい方を助ける。

という事になる。
(言うまでもないが、この場合の「正しい」は単なる記号であり、現実の価値とは関係ない)

少年探偵団から仮面ライダーへ

少年探偵団から仮面ライダーへの系図を以下のように仮定する。

  1. 少年探偵団+鞍馬天狗→月光仮面
  2. 月光仮面+サイボーグ009→仮面ライダー

少年探偵団に無くて、仮面ライダーに有る物

改造人間、サイクロン号などのSF要素。

それを前提としたスーパーヒーローのカッコ良さ。

少年探偵団に有って、仮面ライダーから失われた物

「子供の集団が、大人の闘争に関与する(良い大人を助ける)」という構図。

初代「仮面ライダー」には、後半のテコ入れで「少年仮面ライダー隊」なるものが登場する。
これは明らかに少年探偵団をモデルにしている。
一種の先祖がえりと言える。

しかし少年ライダー隊の活躍は限定的である。
作品にとって最も重要な要素は、あくまでも「仮面ライダーのカッコ良さ」である。

 * * *

問い: スーパーヒーロー物に於(お)いて、少年仮面ライダー隊のような存在が主流でないのは何故か?

答え: スーパーヒーローのカッコ良さが、彼らによって減じてしまうからである。

 * * *

明智小五郎は、天才的な推理力があるとはいえ、生身の人間だ。
少年探偵団が捜査の一部を手伝っても、明智はカッコ良さをギリギリ保てた。

しかし、主人公が超人的なパワーを身につけ、特別な外見を獲得して以降、チビッ子集団がヒーローを助ける構図は、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

変身ヒーローの主たる顧客、当のチビッ子たちでさえ、それを望んでいない。

潜在的な需要が無くなった訳ではない

少年探偵団の時代、子供を惹きつけた面白さの根幹には、

「子供の集団が大人の闘争に関与する。正しい側の大人を助ける」

という構図があった。

明智小五郎→月光仮面→仮面ライダー
と進化する過程で、ヒーローは特別な外見とスーパーパワーを身につけた。
その結果、「ヒーローとヴィランの戦いにチビッ子が関与する」という構図が馬鹿馬鹿しくなってしまった。

しかし「少年探偵団」的な構図の面白さには、依然として需要があった。
スーパーヒーロー物との相性が悪かったせいで、潜在化しただけだ。

その潜在的な需要に応えたのが「名探偵コナン」である。

以上が、私の仮説だ。

子供が持っている2つの願望

子供には、相反する2つの願望がある。

  1. 大人が支配する世界から、限定された空間を切り取って子供だけの居場所(=秘密基地)を作り、同世代の仲間と引き篭もりたい。
  2. 大人社会の役に立ちたい。
2023-04-13 02:48