青葉台旭のノートブック

映画「ローラ殺人事件」を観た

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脚本 ジェイ・ドラトラー、サミュエル・ホッフェンシュタイン、エリザベス・ラインハルト
監督 オットー・フレミンジャー
出演 ジーン・ティアニー

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5回書いたからセーフ。

ひとこと感想

「フィルム・ノワール」の名作と言われているが、「ノワール=黒」という割には、案外、画面は明るい。
昼間のシーンも比較的多いし、室内のシーンなども明るい。

ストーリーも「ノワール」という程でもないという印象だった。
確かに、ローラという「運命の女」をめぐる複数の男たちの駆け引きの物語であり、その結果、少なくとも一人の男が破滅したのは事実だが、「ノワール」という言葉から連想する「暴力的で殺伐とした感じ」は、ほとんど無かった。
むしろアガサ・クリスティあたりが書いていた、20世紀前半の上流社会を舞台にしたミステリー・ドラマのような印象を受けた。
要するに、仕立てが上品なのだ。

刑事

個人的に印象深かったキャラクターは、事件を追う刑事だ。

仕事中に子供のオモチャで遊ぶ不真面目な警察官……のように見せかけて、実は鋭い洞察力と推理力を持った優秀な男として描かれる。

「不真面目な男」「やる気の無い男」というのは相手を油断させるための演技で、これは「刑事コロンボ」などとも共通するキャラクター設定だ。

この「やる気の無い」感じがとても良く出ている。
終始、ダラッと全身を脱力させ、仏頂面で詰まらなそうにオモチャをいじったりタバコに火をつけたりする演技が何とも言えず味がある。

その一方で、上流階級の容疑者たちが「こいつボンクラだわ」と油断した瞬間、いきなり鋭い目つきになってズバッと核心を突くような尋問を浴びせる変わり身の早さも素晴らしい。

ローラ

本作における「運命の女」ローラのキャラクター造形も良い。

頭が良く、チャレンジ精神旺盛かつ上昇志向の強い女で、本人の才能・努力に加えて、愛人である老いた評論家のコネを使って平社員からどんどん出世し、ついには独立して社長の座にまで登りつめたという絵に描いたようなサクセス・ストーリーの主人公な訳だが、嫌みに感じないのは、ローラの立ち居振る舞いにある種の「清潔感」があるからだろう。

彼女には、真面目さ、ひたむきさが感じられる。

結果として男を破滅させ「運命の女」になってしまったが、「悪女」ではない。

ビンセント・プライス

ローラの婚約者……若くて背の高いスポーツマンだが、真面目に働くのが嫌いで、遊んでばかりいて、金持女のヒモをやるしか能の無いダメ男を演じたのは、若き日のビンセント・プライスだった。

ローラの叔母の言葉

ビンセント・プライス演じるダメ婚約者との結婚をためらっていたローラに、(ダメ婚約者の愛人でもある)叔母が、

「ローラのような真面目な女には、あの刑事のような真面目な男がお似合いだ……ダメ男には、私のようなダメ女がお似合いなんだ」

という主旨のセリフを吐いた。

このセリフは印象に残った。
たったこれだけのセリフで、何人ものキャラクター造形と彼らの関係を的確に表現している。

  1. この叔母は、ダメ女である。
  2. しかし、自分自身がダメ女であるということを冷静に認識している。ダメ女ではあるが、単なる馬鹿女ではない。実は、人間に対する洞察力がある。
  3. ローラが、婚約者の余りのダメ男っぷりに「私は、この男と結婚して良いのだろうか?」と迷い始めている事を、この叔母は見抜いている。
  4. ダラダラ仕事をしているように見える刑事が、実は、容疑者を油断させるための演技をしているだけで、本当は真摯に仕事に取り組む真面目な男であることも見抜いている。
  5. ダメ男には、自分のようなダメ女がお似合いなんだ……というある種の諦めの境地というか、悟りにも似た男女観と自己認識を、この叔母は持っている。

ローラが帰って来て以降の物語

刑事の「仕事への執着」が、いつの間にか「死んだ女への恋慕」に変化している、という所は良かった。

……が、物語の中盤に、死んだはずのローラがひょっこり帰って来て以降、単なるメロドラマになってしまった。

「顔のない死体」が出てきたら、それは九割がた「身代わり殺人」というのが推理小説の定石だ。
横溝正史などは、この「顔のない死体=別人」トリックを何度も使っている。

それはそれで良いのだが、

「ずっと別荘に引きこもっていました。刑事が来たときには(たぶん)散歩に出かけていました」

 ……って……おいおい刑事さん、もう少しちゃんと別荘を調べろよ。

犯人にしても、いくら暗がりだったとはいえ至近距離でショットガンを撃っているというのに、殺すべき相手(しかも最愛の女性)を間違えるだろうか?
若干、納得しづらい。

老いた評論家の破滅

ビンセント・プライス演じるダメ男は単なる当て馬で、同じくダメ女であるローラの叔母と「元の鞘」に収まるべくして収まった。

一方の刑事も、前半こそ陰影のある複雑なキャラクターだったのに、後半は案外普通のメロドラマの相手役になってしまった。

この物語の陰の主役は老いた評論家だった。

終わってみれば、
「地位も名誉も金も知性もある老いた男が、若く美しく聡明な女に振り回されたあげく破滅する」
という物語だった。

結論

社会的地位のある老いた男の破滅の物語なのだが、もう少し、キャラクター達の「暗い情念」をねちっこく描いても良かったような気がする。

確かに良作ではあるが、もう一声。
私の心を掴む「何か」が欲しかった。

2019-05-10 03:13