僕とサエコ、十四歳のオッドヤークト町事件簿

ドライブ。

1、下宿屋へ行く

 コーヒーを飲んだ後、僕ら……僕と、サエコと、兄は、ジーディーの運転する小型ヴァンでヨネムスさんの家へ向かった。
「何でもっと早く言ってくれなかったんだよ」
 後部座席、婚約者の隣に座った僕は、助手席の兄に文句をたれた。
「マサテノ先生に電話で相談したのが、今朝、お前が出かけた後だったんだよ」
「だから、何で、もっと早く先生に相談しなかったんだよって聞いてんだよ」
「相談した方が良いって気づいたのが今朝だったんだよ」
「まったく、来た道を引き返す格好じゃないか。最初から下宿するって分かっていれば、直接ヨネムスさんに行ったのに。サエコは長旅で疲れているんだぞ」
「悪かったよ。サエコさんも、二度手間させてしまってゴメンな」
「いいえ。私は大丈夫です。長旅と言っても体力的には問題なかったですし、むしろ汽車の中ではゆっくり休めたので、向こうを出たときより元気なくらいです」
「さすが! M・O・E・M・O・Eの巨大計算機が選んだだけの事はある! 良い娘さんじゃないか。コウジにはもったいないくらいだ」
 全く悪びれない兄に呆れて物が言えなくなってしまった。
 十五分後、僕らはヨネムスさんの家に到着した。
 僕は車から降りてリアハッチを開け、サエコの荷物を両手に持った。彼女のために何かをする事のが楽しくなっていた。
 兄が玄関まで行ってベルを鳴らすと、すぐに扉が開いてヨネムスさんが出てきた。
「おお、待っていたぞ。中へ入ってくれ」
 僕ら三人は居間へ通され、そこで待っていた奥さんにサエコを紹介した。
「まあ、なんて可愛らしい……」
 奥さんはサエコを抱きしめたあと、さあさあ、と言って二階の娘さんの部屋へ案内した。荷物を持った僕も二人に付いて階段を昇った。
 奥さんは、廊下の突き当りに向かい合わせになった二つの部屋のうち右側の扉を開けてサエコを招き入れた。僕も荷物を持ってサエコに続いた。
(という事は、こっちが遠くの街で暮らしてるアキナさんの部屋で……)
 部屋に入る直前、振り返って向かいの部屋の扉を見る。
(あっちが、ユキナさんの部屋か)
 サエコが下宿するアキナさんの部屋は、壁紙やカーテンなどからしていかにも女性の部屋という感じで居心地が良さそうだった。
 彼女も気に入ったようだ。顔を見れば分かる。
 僕ら三人が一階の居間へ戻ったとき、兄とヨネムスさんが何やら真面目な顔でヒソヒソと話し合っている所だった。良く聞こえなかったが「ユキナ……」という名前だけは聞き取れた。
 僕らに気づいてピタリと話を止めた。
「さあ、それではお昼の準備をしましょうか……早速だけどサエコさんも手伝って下さらない?」
「よろこんで」
 そのあとヨネムスさんの家で昼食を御馳走ごちそうになった。奥さんの手料理は相変わらず美味しかった。奥さんは、
「やっぱり大勢で食べる食事は楽しい」
 と何度も言って、はしゃいでいた。
(そう言えば、四人家族だったヨネムス家も今は夫婦二人っきりの生活なんだな)
 僕ら兄弟も、祖父さんが死んだ直後は二人きりの食事に何か物足りなさを感じたものだ。今はもう慣れてしまったけど。
 サエコは奥さんと打ち解けた感じで食事中よく話していた。この家へ来るまでは何処どこか緊張が解けない感じだったのに、昼食を食べる頃には、すっかりリラックスしていた。これも奥さんの人徳か。
 食事を終え、僕ら兄弟は小型ヴァンに乗って自分らの家に帰った。ヨネムスさんの家を出るとき、戸口に立って夫妻と一緒に手を振っていたサエコの姿は、まるで彼らの本当の娘のように見えた。
「結果的には、これで良かったんだな」
 帰る車の後部座席で僕はつぶやいた。
「殺風景な僕らの家で暮らすよりもさ」
「そりゃ、あそこの奥さん、料理は上手だし、きれい好きで整理整頓が行き届いているし、俺は入った事ないけど、アキナさんの部屋だって居心地良いんじゃないのか」
「うん、居心地良さそうだったよ。さっき僕らが二階から降りて来たときヨネムスさんと何か話していたけど、ユキナさんの一周忌の話かい?」
「ああ。一週間後だ」
「そうか。祖父さんの一周忌が終わったら次はユキナさんか」
 助手席に座る兄の顔を後部座席から盗み見た。何を思っているのか表情からは読み取れなかった。
「サエコはどうするんだろう。僕らは祖父さんの葬式のとき黒服を買ったけど。サエコは持って来てないだろう。第一、ユキナさんとは面識も無い訳だし」
「だからと言って、俺たちとヨネムスさん夫婦が墓参りしている間、家で留守番というのも、な……引っ越ししたばかりで何かと必要な物があるだろうから、町で買い物でもしててもらうか」
 そんな事を話しているうちに家に着いた。

2、車の中

 その夜、ヨネムスさんから連絡があった。
 サワノダ家とヨネムス家でいっしょに食事でもしないかという誘いだった。サエコと僕ら兄弟、僕らとヨネムスさん夫妻の親睦を深めようという趣旨らしい。サエコの歓迎会といった感じだ。もちろん僕らも喜んで参加させてもらうことにした。
 二日後の夜、いったんヨネムスさんの家に集まって、そこから町のレストランへ行こうという事で話が決まった。
 サエコが僕の町に来た翌日、僕は彼女を連れ出すことにした。
 二人きりで……正確にはジーディーも一緒だったが……ドライブという格好だったけど、デートとかそういう色っぽい話じゃなくて、実際にはその真逆の話を二人きりでしたかった。
 あらかじめ電話で待ち合わせ時間を決めて、午後一時半にヨネムス家へ迎えに行った。
 玄関の呼び鈴を押すとヨネムスさんがドアを開けてくれた。ニヤニヤ笑いを顔に浮かべて中に入れと言われた。ヨネムスさんの脇を通るとき、ひじで小突かれた。よっぽど「誤解しないでください」と言おうかとも思ったけど、黙っていた。
 居間に通されると、待っていたサエコが立ちあがった。最初会った時と同じ薄緑色のコートを着ている。隣に立っている奥さんが旦那さんと同じニヤニヤ顔で僕を見た。ここでも僕は「誤解しないでください」と言いたくなった。でも、黙っていた。
 二人で家を出て小型ヴァンに乗り込む。僕も後部座席に乗った。彼女と二人並んで座る格好だ。
「電話では話し難かったんだけど……ちょっと、お寺まで付き合ってくれないかな」
 自分で言ってて、さすがに変だよな、と思った。
「お寺へ?」
 やっぱりサエコも驚いたようだった。
「うん……今度、ヨネムス家の法事があるだろう?」
「去年亡くなられた娘さんの一周忌だとか」
「それに関して、ちょっと電話では言い難い事もあってさ」
「わかった」
 僕は、運転席の軍用ロボット犬に行先を告げた。
「ジーディー、幽鬼山-五三六寺へ」
 ヴァンが動き出した。
「ヨネムスさん夫婦には娘さんが二人いる……いた……んだ」
 寺へ向かう車の中で、僕は隣に座る婚約者に話し始めた。
「アキナさんとユキナさんという双子の姉妹だった。アキナさんは今、遠くの都市まちに住んでいる」
「私が部屋を貸してもらっているひとね」
「そう。そして、ユキナさん。今度一周忌をやる娘さん。一年前、十九歳で死んでしまった」
「まさか、例のウィルス兵器で……」
「ああ、いや、違うよ。もともと体が弱くて、持病があって、でも薬を飲み続けていれば長生きできるって話だったんだけど、なぜか急に容体が悪くなって、あっという間に死んじゃったんだ。薬を飲んでいても、まれに事もあるって医者は言っていた」
「そうか……」
「戦争が終わって兄貴が復員してこの町に住み始めて、まあ、その前から僕らサワノダ家とロムネス家はご近所さんという事で付き合いがあった訳だけど……そのうち兄貴がロムネス家を訪れる回数が目に見えて増えて行ったんだ。なんやかんや理由をくっつけてさ……兄貴、たぶんユキナさんが好きだったんじゃないかと、僕はにらんでいる」
「ええっ?」
「ユキナさんは病弱で家にこもりがちだったし、それほど深い仲だった訳じゃないだろうけど……手を握った事も有ったのか無かったのか、って位だと思うけど……少なくとも兄貴の方はユキナさんに気持ちがあったと思う……実は、兄貴は復員してすぐにM・O・E・M・O・E登録したんだけど、ユキナさんに会う回数が増えていた一時期、登録を取り消しているんだ」
「そうか……でも、そのユキナさんは、一年前とつぜん亡くなられた」
「さすがに落ち込んでたよ、兄貴。半年くらい引きずっていた。半年前にM・O・E・M・O・Eに再登録したあたりから気持ちを切替えたようだけど」
 ヴァンは雪原を抜けて森の中へ入った。
 木々の間を右に左に蛇行する細い道を、奥へ奥へと入って行く。
 やがてそこそこ大きな寺に到着した。
「ちょっと、降りてみないか」
「うん」
 車を降りた。
 深い森の奥、雪に埋もれた寺に、人の気配は無かった。