風田のノート「現時点での情報と仮説」
1、〈噛みつき現象〉
ある日とつぜんN市
〈噛みつき現象〉は、人為的に生み出されたある種のウイルスに市民たちが感染することで発生した。
以下、このウイルスを仮に〈噛みつきウイルス〉、このウイルスに感染した人間を『〈噛みつきウイルス〉感染者』あるいは単に『感染者』と呼ぶ。
2、〈嚙みつきウイルス〉の起源
〈嚙みつきウイルス〉はS市近郊の自衛隊S駐屯地敷地内にある先端兵装研究所の研究者たちによって、猫を宿主にしていたウイルスを元に作られた。
3、〈嚙みつきウイルス〉が作られた目的
人間の肉体を変化させ多量の出血でも死なないようにして、戦場での生存確率を高めるのが目的と思われる。
しかし副作用があまりに多く、実用性は乏しい。
4、〈嚙みつきウイルス〉の宿主
〈嚙みつきウイルス〉の宿主は人間と猫である。他の動物には感染しない。
5、〈嚙みつきウイルス〉に感染すると人間は、どうなるか。
(1)脳・神経・筋肉に変化が起きて、血液からの酸素・栄養の供給が無くても活動できるようになる。結果、心臓・肺をはじめ全身のほとんどの臓器を破壊されても生命を維持できるようになる。しかし後述するように、副作用も大きい。
(2)脳の変化……知性が失われ、コミュニケーション不可能となり、誰彼かまわず噛みつくようになる。
(3)目の変化……焦点が定まっていないようにも思える。焦点調節機能が低下しているのかもしれない。しかし確証は無い。
(4)耳の変化……音に敏感になっているようにも見えるが、確証は無い。
(5)全身の神経の変化……神経信号の伝達速度が遅くなる。結果、脳に近い部位(顎や肩や腕など)の反応速度と、脳から遠い部位(足など)の反応速度に極端な差が生まれる。素早く相手を掴んだり、素早く噛みつくことは出来るのに、歩く速度はのろのろしているという奇妙な動きになる。
(6)消化器系の変化……消化能力は無くなると思われる。すなわち、いっさい物を食べなくなる。
(7)筋肉の変化……脳がウイルスに侵され無意識の抑制が外れるため、感染直後は筋力が上がったように見える。しかし感染から日数が経つにつれて徐々に筋力は落ちていく。
6、筋肉の活動エネルギー
血液からの栄養を絶たれた筋肉は、少しずつ「自分自身を食う」事によって活動エネルギーを得る。
〈嚙みつきウイルス〉感染者の筋肉細胞は、隣の筋肉細胞を自らの中に取り込むことで活動エネルギーを得ているのかも知れない。
そのため、〈嚙みつきウイルス〉感染者の筋肉は徐々に痩せ衰えていく。感染から何日後か、あるいは何か月後かには、歩くことも出来なくなるだろう。
7、なぜ噛みつくのか
先にも書いた通り、〈嚙みつきウイルス〉感染者の消化器系は機能していないと思われる。
なぜなら、胃や腸が消化液を分泌するためにも、吸収した栄養を全身に運ぶためにも、血液が必要だからだ。
では、なぜ感染者は他人に噛みつくのか?
一つの可能性として、ウイルスの感染経路を確保するためという事が考えられる。
仮に〈嚙みつきウイルス〉の感染力が弱く、傷口からの血液感染しかルートが無いとしたら、次の宿主に感染する一番手っ取り早い方法は、今の宿主に「噛みつかせる」事だ。
8、〈嚙みつきウイルス〉感染者の、犬に対する反応
〈嚙みつきウイルス〉感染者は、犬を無視する。感染者が犬に噛みつくことはない。
かりに噛みつき行為の目的が「感染ルートの確保」だとしたら、もともと犬には感染できないわけだから、噛みつくのは無駄である。
9、〈嚙みつきウイルス〉感染猫の、犬に対する反応
〈嚙みつきウイルス〉に感染した猫は、犬に追いかけられると逃げていく。
犬に感染できないのなら、宿主である猫を危険にさらす必要はない、という事だろう。
10、犬の、〈嚙みつきウイルス〉感染者・感染猫に対する反応
犬は、〈嚙みつきウイルス〉に感染した人間および猫を見ると、吠えながら追い立てる。
しかし必要以上に近づくことも、牙や爪で攻撃することも無い。
これは〈嚙みつきウイルス〉に対する嫌悪感あるいは恐怖によるものと思われる。
犬としては、感染者・感染猫が、自分の生活圏から出て行ってくれれば、それで良いのである。
11、〈嚙みつきウイルス〉感染者の生命停止条件(どうやったら死ぬのか)
前述したとおり、〈嚙みつきウイルス〉感染者は、生命維持に血液を必要としない。
心臓を破壊しようが肺を破壊しようが、どんなに多量の出血をしようが、死ぬことは無い。
首から下のどこにダメージを受けても死なない。
首を切れば、首から上は生き続けるだろうが、体(首から下)は動かなくなるだろう。
脳を破壊されれば、確実に死ぬ。
また外部からの栄養摂取が不可能なため、放っておいても、いずれ栄養失調で死亡すると思われる。