ハーレム禁止の最強剣士!

スュン、グリフォンと対面す。

1、アラツグ・ブラッドファング

 オリーヴィアとスュンの乗る馬車が公立博物館へ向かっている頃、別の方角から博物館へ向かう一台の馬車があった。
 美しく、それでいて迫力のあるメタリック・ブルーの大きな車体。
 BMW……バイエリオン・マギーコウチャー・ヴェルクシュタット……バイエリオン公国魔法馬車工房製の高級車。
 距離と速度からして、オリーヴィア達から半時間ほどおくれて公立博物館に到着しそうだった。
「ふぅえええっ……っくしょいっ」
 後部座席の剣士アラツグが盛大なを一発放った。
 ずるずると鼻をすする。
「チクショー……何処どこかで誰かが俺のうわさしてんな」
「くしゃみでうわさって、それ、どういう意味だよ」
 御者ぎょしゃ席のローランド・ブルーシールドが聞いてきた。
「古代ニホンの言い伝えだよ。迷信さ。くしゃみをしたら、何処どこかで誰かが自分のうわさをしてる、ってね」
「ふうん……」
「女かな? ああ、いもあまいもみ分けた年増としまの美人と可愛らしい美少女が、二人して俺のことうわさしてんのが目に浮かぶわ。『きゃー、アラツグさまぁー、すてきー』『アラツグさまを独占したーい。アラツグさまの身も心も、すべて私たちの所有物ものにしたーい』……って」
「あほか。女がうわさするんびになんかしてたら、俺みたいな美少年は呼吸困難で死んでしまうわ」
「あらまあ……じゃあ、死んじゃえば良いのに」
 助手席の少女がローランドに言った。
 線の細い端正な顔立ち。華奢きゃしゃな体。
 いかにも良家のお嬢様といったたたずまいの楚々そそとした美少女だったが、さらりと辛口からくち台詞せりふく。
「なーんだよ、メルセデスぅ。冗談だよ、冗談。に受けんなよ」
 メルセデスと呼ばれた美少女は、御者ぎょしゃの言葉に返事もせず、振り向いて後部座席のアラツグを見た。
「それにしても大丈夫ですか? ブラッドファングさん? 風邪かぜでも引いたんじゃないですか?」
 心配そうに問いかける。
「そ、そうかな? 昨日の夜、採用面接マニュアル本を読んでて、何時いつの間にか机にして寝ちまったのが悪かったのかなぁ」
「ずいぶん暖かくなりましたけど、まだまだ夜は冷えますからね。お大事にしてくださいね。ブラッドファングさんって不養生ふようじょうしてそうだから。私、何だか心配です」
 令嬢メルセデス・フリューリンクが、にっこりとアラツグに微笑みかけた。
「え、あ、は、はい。ありがとうございます」
 アラツグ、思わず顔が赤くなる。
「ああ? アラツグお前、なに照れてんだ?」
 御者ぎょしゃ席で手綱たずなを握っているローランドが言った。
「念のために言っておくが、こちらに御座おわすメルセデス・フリューリンクじょうは俺の婚約者かのじょだからな」
「わ、わ、分かってるよ。そ、そんなこと。フリューリンクさんみたいな美人に優しい言葉をかけてもらった経験無いから、ちょっとドキドキしただけだろ」
「ドキドキねぇ……お前は風邪かぜなんか引かねぇよ。お前、馬鹿だから。女たちがお前の噂をするなんて事も無い。お前、童貞だから」
「ど、ど、童貞とか言うな! フリューリンクさんの前で! は、恥ずかしいだろ」
「本当の事だろ。童貞を童貞と言って何が悪い。だいたい、お前の妄想、聞いててちょっと気持ち悪いぞ……なーにが『アラツグさまを独占したーい。アラツグさまの身も心も、すべて私たちの所有物ものにしたーい』だよ」

2、スュン

勇者ゆうしゃを独占し、その身体および精神を完全に我々エルフ所有物ものにする……」
 博物館に向かう馬車の中で、スュンは上司の言葉を反芻はんすうした。
 オリーヴィアがうなづく。
「そう。精神魔法だろうと何だろうと、あらゆる手段をくしてね。それが今現在の、我々に課せられた最優先の仕事」
 緑のエルフグリーン・エルフ横目よこめで部下をチラリと見る。
「納得できないという顔ね。スュン」
「いえ……私は、別に、その」
 スュンは何と言ったら良いのか分からない。
「我々の使命は大災厄からこの世界を守ること。たかが人間ひとりの生命や権利など、大義の前には無きに等しい。たとえ、それが予言された勇者ゆうしゃだったとしても」
 その言葉に納得したわけではないが、これ以上こだわっていてもらちかない。
 スュンは話題を変えることにした。
「人間であるということ以外に勇者ゆうしゃの手がかりは無いと先程さきほどおっしゃっいましたが、本当ですか?」
「本当。まったく何処どこから手を付けたら良い物やら。ルストゥアゴンさまは、ブルーシールドが何かをつかんでいる可能性を示唆しさされていたけど。まあ、そのあたりから攻めるしか無いか」
「長老の方々もコスタゴン様も随分ずいぶんブルーシールド家を意識されているようですが、いったい彼らは何者ですか?」
「名前で分かるとおり、三千年前、大賢者スタリゴンと共に戦った勇者の末裔よ。今では、スタリゴンの遺産である『けものたち』を巡って我々エルフと争奪戦を繰り広げる対抗勢力になってしまった。彼らの本当の目的が何なのかはいまだ良く分かっていないけれど、とにかく我々と同じように一体でも多くの『けもの』を自らの管理下に置きたがっている」
 やがて公使館公用車はサミア公立中央博物館の門を抜け、南館正面入口前のロータリーでまった。
 建物に入ろうとした来館者たちが立ち止まって、豪華な馬車を珍しそうに見ている。
 御者が一旦いったん外へ出て、後部座席の扉を開けた。
「さあ、降りましょう。スュン。街へ出れば、我々は何時いつだって好奇の目で見られる。いちいち気にしないように」
「はい。心得ました」

3、公立博物館

 オリーヴィアとスュンは博物館入口前のロータリーを囲む歩道へりた。
 それだけで周囲の人間たちが「おお」と、どよめく。
「繰り返すけど、気にしないように。堂々としていなさい」
「はい」
 耳打みみうちした上司にスュンがうなづく。
「ペーター」
 オリーヴィアが御者に言った。
「半時間後にこの場所で会いましょう。それまで馬繋場ばけいじょうで待機していなさい」
「かしこまりました」
 ペーターの操る大使館公用車が、ゆっくりとロータリーをまわって馬繋場ばけいじょうへ向かう。
 それを見送って、オリーヴィアは入口わきの券売所へと足を向けた。
 スュンも従う。
「エルフ二枚……」
 銀貨を一枚出しながら、券売所のガラスの向こうでと口を開けている売り子にオリーヴィアが言った。
「なんてね。冗談よ。大人二枚ちょうだい」
 入場券だけを受け取り、釣り銭にはれようともしない。
「お釣りは要らないわ」
 スュンを振り返り、券を一枚渡す。
「これを改札に立っているおじいさんに渡しなさい」
 言われた通り、改札で入場券を渡して館内へ。
 両側に立つゴツい衛士たちが、エルフをギロリとにらむ。
 スュンがにらみ返すと、衛士は何も言わず元の姿勢に戻った。
 エントランス・ホール中央には、怪物に向かって剣を振り上げる剣士の像が置いてあった。
「はああ……す、すごいのですねぇ……さすが人間の都市国家公立博物館……入っていきなり、これですか」
「迫力でしょう? でも『けもの』は……目的のグリフォン像の迫力は、こんなものじゃないわよ。さあ、行きましょう。時間が無い」
 スュンの言った「すごい」の意味を勘違いして、オリーヴィアは東館へ向かってすたすたと歩いて行った。
 急いで後を追う。
「あ……あの……こんな時に言うべき事では無いのでしょうが……」
 部下の問いかけにオリーヴィアが立ち止まって振り返る。
「何か?」
「い、いいえ、や、やっぱり何でもありません」
「言いかけて止めるのは気持ちが悪い。言ってみなさい。スュン。歩きながら聞くわ」
 再び東館への渡り廊下を歩き出す。
 スュンは意を決して、歩きながら上司に質問した。
「に……人間の、お、男というのは……さ、先ほどの、ぞうように……あんな風に……ふにゃ、っと、がっている物なのでしょうか?」
「ふにゃ、っと? がる?」
「そ、その……恋愛小説などを読むと……もっと、こう……か、かたくて……天に向かって、立っているイメージなのですが……に、人間の男の……」
「ああ、何だ。それの事か……私も良く知らないけど、あれって『変形する』らしいわよ。状況に応じて、柔らかくなったり硬くなったり、小さくなったり大きくなったり、下にれてみたり立ったり」
「えーっ!」
 いきなりスュンが叫んだ。
「しっ! 声が大きい。博物館の中で大声を出すのはひかえなさい。ただでさえ我々エルフは目立つのだから」
「へ、へ、変形、するのですか? そ、それは一体どういう原理で……」
「知らないわ。私は医者でも生物学者でもありませんからね。人間の体の仕組みなんて知っている訳ないでしょう。魔法でも詰まっているじゃないの? あそこに」
「ま、ま、魔法が詰まっているのですか! それでは、やはり公使閣下の言った通り、人間の男は皆魔法使いという事に……」
「かもね。ちなみに人間の男が言うには、女のおっぱいには『夢』が詰まっているらしいわよ。男が魔法使いなら、われわれ女は『夢使い』という訳だ」
「ま、魔法……変形……魔法……変形」
 妙な妄想が頭をめぐっているスュンに、今度はオリーヴィアが問いかけた。
「スュン、私からも質問するわ」
「え? は、はい。何でしょうか」
「博物館の要所要所に立っている衛兵たち……どう思う? ぜひ意見を聞きたいとしての意見を」
 スュンの目つきが鋭くなる。
 先ほど入口の両側に立っていた男たちを思い出す。
「かなりの手練てだれと思われます。あの立ち姿、あの目つき……もちろん私のような『斬撃魔法』を前提とした剣術とは、流儀りゅうぎが違うのでしょうが」
「そう……やっぱりね。スュン、博物館ここに居る衛士のほとんどが『ブルーシールドの手の者』よ」
「……なるほど……車中でのオリーヴィア様の話と合わせて考えると、納得できます」
「今日ではない何時いつか……ここではない何処どこかで、あの者たちと剣を交える可能性は充分にある。覚悟しておきなさい」
「わかりました」
 渡り廊下が終わり、いよいよ東館に入る。
 両側に立つ衛士は、やはり目つきが鋭く、すきが無い。
 衛士たちの間を抜けてホールに入ったスュンの目の前に、巨大な怪物が現れた。
「こ……これが……」
 ホールいっぱいに翼を広げ、天をあおぎ見て、今にも飛び上がろうとする巨大な怪物グリフォン
「まるで生きているみたいでしょう? ……いや、ある意味、本当に生きていると言える。これを造った大賢者スタリゴンに疑似的なたましいを吹き込まれているのだから」
 言いながら、オリーヴィアは素早くホール内に視線を走らせた。
(おそろいの制服を来た少年たち……おそらくは予備塾の生徒……が、十数人。引率の女教師が一人。北側の壁際に学芸員らしき男が二人。入口に衛士が二人。……それから……)
 八,九歳くらいの少女が一人。
 ホールに居るほとんどの人間が珍しそうに自分たちエルフを見つめている中で、この少女だけが一心いっしんにグリフォン像を見上げている。
 保護者は何処どこかと改めてホール内を見回すが、それらしい人物は見当たらなかった。
(迷子か?)
 少し気になったが、時間が無い。いつまでも少女に構っている訳にもいかない。
 オリーヴィアも怪物の像を見上げる。
 何度見ても迫力がある。
 しかし前回訪れた時と比べ、何かが変わったようには見えなかった。
(本当に動いたのか?)
 動いたというのは、あくまでうわさだ。
 しかし、ブルーシールド財団が調査に入ると言うのなら、連中は何かをつかんだのかもしれない。
 駄目だめもとで『透視魔法』を使ってみる。
 オリーヴィアのエメラルドのような瞳が、黄金色に変わる。
 ……何も見えない。
 透視できない。
(やはり無理か……もっとも、私ごときの『透視魔法』で何かが分かるようでは、何の価値も無いが)

4、スュン

 怪物の足元に寄って、真下からその頭を見上げる。
 荘厳な姿に圧倒される。
(しかも、時期が来ればこのグリフォンは自ら動き出し、異界の物どもに攻撃を加えると言う……)
 とてもスュンには信じられなかった。
 ふと左隣に立つ上司の顔を見る。
 同じように怪物を見上げていたが、一点違うのは、彼女の目が金色に光っている事だった。
(透視魔法を使っているのか……)
 突然、誰かが剣女服のズボンを引っ張った。
「ねぇねぇ」
 見ると、八,九歳の少女が右隣に立っていた。
「このグリフォン像、動くんだってさ。知ってた?」
 見知らぬ少女に問われ戸惑う。
 ……いや、この少女、どこかで見た……つい最近……どこだっけ?
「へ、へええ……そうなんだ」
 対応に困って、助けを求めようと上司を振り返る。
 オリーヴィアもこちらを見ていた。
 まだ瞳が黄金色に光っている。
 少し表情がけわしい。
「スュン……」
 緑のエルフグリーン・エルフが呼びかけた。
「像のまわりをぐるりと一周してみましょう」
「分かりました」
 しゃがみ込んで幼い少女に目線を合わせ、スュンが言った。
「私、これから大事なお仕事があるの」
「ふうん。そっか。それなら、しょうがないね。また、いつかね。さよなら」
「さようなら」
 スュンは立ち上がってオリーヴィアを追った。
 怪物の右側を歩き、尻尾の脇を通って左側に出ながらオリーヴィアがスュンに言う。
「今から百年ほど前……ブルーシールドの息がかった発掘調査団が、このグリフォン像を発見した」
 立ち止まって左の翼を見上げる。スュンもそれにならった。
 オリーヴィアが続ける。
「当然、当時のエルフ公使館も動いた。まずはこの像が大賢者の造った『けもの』か否かの検証。至近距離から『透視魔法』を使うか、場合によっては『攻撃魔法』を試してみれば一発なのだけど……本物なら、一切の魔法がかないはずだから……ブルーシールドは周囲の警備をガッチリ固め、我々にすきを与えなかった。人間の魔法使いを雇ってまでね……一方で、エルフ公使館は古文書などの文献も漁ってみたのだけれど、この像が『けもの』であるという確証は、なかなか得られない。そうこうするうちに、人間たちはこの都市国家まで像を引きずって来て……あろう事か、博物館に展示してしまった」
 緑のエルフグリーン・エルフが軽くいきく。
「そこで初めてエルフ公使館はみずからの迂闊うかつさに気づいたという訳……油断があったのでしょうね。これだけ大きな像だ、いかにブルーシールドとはいえ隠して隠し通せるものではない。奪取するにしろ、じっくり真偽を検証してからでも遅くはない……ところが連中は、まんまとその裏をかいてきた。『どうせ隠し通せないのなら、いっそ大勢の目にさらせ』……ってね。敵ながら考えたものだわ。エルフと人間のあいだにはいにしえからの協定がある。お互い裏で何をしようと、表面上は相手の権利を尊重せざるを得ない。こうしておおやけの場に展示されている限り、我々エルフは手も足も出ない」
 二人のエルフは、像のまわりを一周し、正面に戻った。
 スュンはホールを見回して、あの少女を探した。
 ……居なかった。
(保護者の元へ帰ったのか……)
「どう?」
 オリーヴィアがスュンにたずねる。
「何か感じた? 奇妙な事とか……」
 スュンが首を振る。
「分かりません。何しろ、今日初めて目にしたものですから……あまりの迫力に圧倒されてしまって」
「まあ、そうでしょうね」
「オリーヴィア様はどうですか? 何か感じられますか?」
「私も、分からない。以前来たときと比べて、何かが変わっている様には見えないのだけれど……」
 そこでホールの壁に置かれた水時計に目をやる。
「そろそろ時間だわ。さあ帰りましょう、スュン。グリフォン像の変化に関しては確証を得られなかったけど、もう一つの目的……財団に対する牽制けんせいには充分なったでしょう。今ごろ街じゅうでうわさになっているわよ。エルフのが二人、グリフォン像をおがみにやって来た、って。財団本部にも連絡が行っているはず」
 そう言って緑のエルフグリーン・エルフがニヤリと笑った。
 エルフたちは、東館を出て廊下を渡り、エントランス・ホールを横切よこぎって、改札を抜けた。
 ロータリーのすみで待っていたペーターが、入口正面まで馬車を徐行させる。
 オリーヴィアとスュンが乗り込むと、ペーターは機械馬の鼻先をエルフ公使館へ向けた。
 帰りの馬車の中で、オリーヴィアが部下に話しかける。
「スュン、気付いていた?」
 ダークエルフの剣女は首をかしげた。
「は? 何のことでしょう?」
「グリフォンのホールに居た少女……あれ、わ」