アラツグ、男たちに囲まれ、エステル、アラツグの声に涙す。
1、アラツグ
ざわざわ、ざわざわざわ……
エルフたちが屋根の向こうに消えたとたん、アラツグと
「あ~あ、やっぱり振られちまったな。まあ、分かりきった事だがな、エルフに告白なんて」
「あの
「おい、少年! そんなに、
別の場所では、別の二人組の男たちが話していた。
「なあ、あのエルフの女……泣いていなかったか?」
「ええ? んな訳ねぇだろ! 振られた男が泣くのは分かるけど、振った女が何で泣くんだよ!」
「いや、何となく、そう見えたんだがな」
「女なんてのはなぁ、キレイごと並べときながら、もっと良い男が現れたとたん、サラッと平気な顔で
その時、突然、ひとりの男が野次馬の列から飛び出してアラツグに走り寄った。
四十歳前後の
「八」の字型の口ひげ。
まだ肌寒い季節だというのに、なぜか袖なしシャツの前ボタンを外して胸をはだけさせている。
マッチョな二の腕に、モジャモジャの胸毛。
その毛むくじゃらの丸太のような腕で、いきなりガシッと泣きじゃくるアラツグの背中を抱いた。
「泣いて良いんだ! おもいきり泣いて良いんだぞ! 少年よ!」
言いながら、マッチョ親父自身が号泣している。
「良くやった。お前は、良くやったんだ! 大勢の目の前で、エルフの女に、あんな大声で告白するなんて、大のおとなだって中々できるもんじゃねぇ! それをよぉ、
そう言って、
「ここに居る誰一人として、お
「おー!」
その場に居た男ども、全員、天に向かって
「
「おー!」
「
「おー!」
「
「おー!」
いきなり
それを合図に、良い歳をした親父たちが、堰を切ったようにアラツグに群がった。
口々に励ましの言葉を投げながら、泣きじゃくるアラツグの肩をバンバン叩いていく。
それを、やれやれ顔で遠巻きに眺める女たちが居た。
「あ~あ、全く、何という馬鹿さ加減……」
「あれ、ウチのダンナだわ。いや~、はっずかし~、何しとるの?」
「な~んか、知んないけど、ツボにハマったんじゃない? 男の」
2、財団の男
近所の男たちが泣きじゃくるアラツグに群がって感動の涙を流し、女たちが
「うっ、臭いな……何なんだ、この怪物は……」
背の高い、ひょろりと
「見たことも無い種類だ。これは早く財団に帰って報告せねば」
隣に立っていた小太りの男が答える。
背の高い痩せた男も、小太りの男も、一見、行商人風の服を着ている。
二人とも、目つきが鋭い。
「その前に、全体をもう少し良く観察しよう」
「うかつに触らぬほうが良いぞ。どんな毒を持っているやも知れん」
「ああ」
「しかし……それにしても……」
「これは、何者かに殺されたのだな」
「刃物……おそらくは、長剣のようなもので……」
「仮に、そうだとしたら、この
「
「女のエルフといえば……」
小太りの行商人風が、アラツグの方を振り返る。
「あの、無謀にも公衆の面前で女のエルフを
「馬鹿な。この人間離れした
「そうなのだが……何か、気になる」
「では、こうしよう」
長身の男が提案する。
「俺は、このまま真っ直ぐ財団に帰って、この事実を報告する。お前は、あのガキの
「わかった」
3、エステル
やがて、男たちの興奮も徐々に冷め、ひとり、ふたり、と散っていった。
「じゃあな、少年」
「あんまり思いつめるなよ!」
「世の中にゃ、良い女がたくさん居るんだ」
「そうだ、あのエルフだけが女じゃないさ」
「いつか、良い出会いも有るって」
「まだ若いんだ、これから頑張れ!」
未だにガックリと
どこかで「おーい、誰か
「
その声に、アラツグが泣き顔を上げると、目の前にエステルが立っていた。
「男のくせに、いつまでも、めそめそして!」
アラツグの顔を
それから、その左手に視線を落とす。
「あの女には、触らせてた」
「えっ?」
「あのエルフの女には、触らせたでしょ? その左手!」
「……」
「毒が付いてるから、とか何とか言って、私のことは触ってくれなかったくせに!」
エステルが、さっと、アラツグの左手に手を伸ばす。
今度は、アラツグも拒否しない。
エステルは、アラツグの左手……ではなく、左の
「さっ、行きましょう! この手、お医者さんに見せないと」
「まったく……」
アラツグの袖を引いて道を歩きつつ、エステルが話しかける。
「何で、よりによって、エルフなのよ!」
アラツグは返事をしない。
「エルフなんか好きになったって、恋人になれるわけないでしょ!」
アラツグは返事をしない。
「だいたい、あのダーク・エルフの女、何様? ちょっと美人だからって、なんか、お高く
アラツグは返事をしない。
二人は、ズンズン路地を歩く。エステルがアラツグを引きずるようにして。
「どうせ、どうにもならないんだから、エルフなんて好きにならないで人間にしなさいよ。人間の女の子に。……あ、案外、身近に可愛い女の子が住んでるかもよ」
アラツグ返事をしない。
「案外、身近に可愛い女の子が住んでるかもよ」
アラツグ返事をしない。
「案外、身近に可愛い女の子が住んでるかもよ」
アラツグ、やっと口を開く。
「どこに?」
エステルがピタリと足を止め、アラツグを振り返る。
ものすごい怒りの表情。
さすがに、アラツグ、ちょっと感情が
「ぐぬぬぬ」
エステル、しばし歯軋り。
それから、やっと怒りを抑えて「ふぅ」と深呼吸をした。
「ま、まあ、良いわ。今の返事は万死に値するけど、ブラッドファングさんの現在の精神状態を
その時、失恋のショックで焦点が定まらず、ぼーっとなっていたアラツグの瞳に光が戻った。
エステルに
「ブラッド……ファングさん?」
「エステルちゃん、ここまで来れば大丈夫だよ。ありがとう。医者へは俺一人で行くよ。君は、ここで分かれて、真っ直ぐお家へ帰ってくれ……」
「ブラッドファングさん、何を言ってるの?」
アラツグの眼光は、むしろ普段よりずっと鋭くなっていた。
戸惑うエステルを置いて、アラツグが歩き出す。
「ちょ、ちょっと、待ってって。駄目よ! 私もいっしょについて……」
後ろから、もう一度アラツグの
「いいから、さっさと、家に帰れっ!」
アラツグが、大声で怒鳴った。
突然のことに、ビクンと一回からだを震わせ、そのまま、固まったようにアラツグを見つめるエステル。
じわっ……
エステルの目から涙が
「馬鹿ぁーっ!」
少女は、泣きながら路地を走り去っていった。
アラツグは、その背中をしばらく見つめる。
しかし彼の五感は、エステルとは別の存在に注意を向けていた。
「ヤツは……エステルを追いかけては……行かない、な」
アラツグが
すこし、ほっとする。
「これで、決まりだな。標的は俺、という訳だ。何者かは知らんが」