僕とサエコ、十四歳のオッドヤークト町事件簿

キャンプの計画。

 ある暖かい春の日、午前の作業を終えて兄と僕が母屋で昼食をっていると、友だちから電話が掛かってきた。
「おーい、コウジ、シマサネ君から電話だぞ」
 受話器を取った兄に呼ばれて、僕はテーブルにはしを置いて電話台に向かった。
 シマサネ・ユキオは同じ町に住む少年で、年齢としも僕と同じ十四歳だ。父親は「ホームセンター・シマサネ」という、町で一番大きな金物店を経営していて、母親は町で唯一の女性下着専門店を経営している。
 まあ、この町では成功者と言って良い家だった。
「や、やあ、コウジ君」
 電話の向こうでシマサネ・ユキオが言った。ユキオにはどもぐせがあった。
「よう、ユキオ。どうした?」
「ら、来週、ぼ、僕、祖父じいさんとキャンプに行くんだけど、コ、コウジ君も行かないか?」
 ユキオの祖父じいさんは、戦前の豊かだった時代に家業の金物店の規模を拡大して「ホームセンター・シマサネ」を作ったなかなかの商売人だ。
 戦中から終戦直後にかけては物資不足で相当苦労したらしいけど、最近は少しずつ物流も安定して来たって話だ。
 今年の始めに商売を娘婿むすめむこ(つまりユキオの親父さん)に譲って、今は釣り三昧の隠居生活を送っている。
 ユキオが言うには町から車で三時間、森の中を延々と走った山奥に小さな湖というか大きな池というか、とにかく良い釣り場があるらしい。
 その祖父じいさん取って置きの秘密のポイントで二泊三日の釣りキャンプを計画しているけど、せっかくのキャンプなのに老人と二人きりというのもまらない。だから僕と、もう一人同い年齢どしのサガミテ・キヨシを誘ってみた、という事だった。
「も、もうキヨシには、れ、連絡済みだよ」
 ユキオが言った。
「す、すぐに、さ、参加するって、へ、返事をもらったよ」
「そうか……」
 誰も知らない山奥の池だか湖だかで二泊三日のキャンプ。なかなか計画だ。
「面白そうだけど、何しろ兄貴の許可をもらわないとな。いま家から電話をかけているのか? 兄貴と相談して決まったら折り返し電話するよ」
 それから少し世間話をした。ユキオの奴、何か僕に言いたそうな……というより感じだったけど、どもぐせが一層ひどくなるばかりで全く要領を得なかった。
 まあユキオが何を聞きたかったのかは大体予想が付く。
 要するにサエコの情報を僕から引き出したかったんだ。
 山寺の住職が僕の家とヨネムス家を襲撃した事件以来、サエコが町中の注目を浴びているって話は、ヨネムスさんの奥さんから聞いて知っていた。
 M・O・E・M・O・Eの決定により都会からこのオッドヤクート町へ来ることになった少女。わずか十四歳で婚約。町へ来て数日後に凶悪な事件に巻き込まれる……話題の少ない田舎町に突如出現したドラマチック・ヒロインという訳だ。
 時々サエコと奥さんは町へ買い物に出かけるらしいけど「何処どこへ行ってもジロジロ盗み見される」と言って、奥さんは嘆いていた。
 サエコに興味を持っているのは噂話好きの奥さま方だけじゃない。
 僕らと同世代の少年少女たちにとっても彼女は神秘のベールに包まれた謎の少女、って事らしい。
 僕は単刀直入にユキオに聞き返すことにした。
「お前、サエコに興味があるんだろ?」
「な、な、何を言っているんだ、コ、コウジ……ぼ、僕は、そ、そんなつもりじゃあ」
 電話の向こうの友人は、聞いているこっちが憐れになる位になりながら、僕の言葉を否定した。
「そんな、興味をそそられるような女の子じゃないって。ごく普通の、僕らと同じ十四歳の少女だよ」
「だ、だから……べ、別に、僕は、そ、そんなつもりで言ったんじゃあ……」
「とにかく釣りキャンプの件、兄貴と相談してみるわ。あとで電話する。誘ってくれてありがと、な」
 そう言って僕は受話器を置いた。
 昼食のテーブルに戻って、ユキオの提案を兄に話した。
「釣りキャンプねぇ……」
 食後のコーヒーを飲みながら、兄がつぶやいた。
「もう一度、メンバーを言ってくれ」
「シマサネ・ユキオと、ユキオの祖父じいさんと、サガミテ・キヨシと、僕の四人だよ」
「保護者はシマサネさんのご隠居さんか……まあ、あの人なら間違いは無いだろうが……行先は聞いているのか?」
 僕は首を横に振った。
「なんか、町からクルマで三時間の山奥だって言っていたけど、正確な位置は分からない」
「そこだけは確認しておかないとな……他にも色々と聞きたい事もあるし、一度シマサネのご隠居さんの所へ挨拶しに行くか」
「じゃあ……」
「もうすぐ春の農繁期のうはんきが始まる。そうなればしばらくは遊ぶひまも無いだろう。その前の思い切り楽しんで来いよ」
 コーヒーを飲み終わって立ち上がりながら兄が言った。
「簡単で良いから、計画書を書いて出せ。最低限、出発日時、ルート、目的地、帰宅日時は教えろ」
「分かった」
「納屋に祖父じいさんが使っていた釣り竿とダッチオーブンがあったはずだ。使えるようだったら使えよ」
「ああ。ありがとう。探してみるよ」
「まあ、ホームセンター・シマサネのご隠居と御曹司が一緒なら、こっちは何も用意する必要が無いかも知れんが」
 流しでカップを洗ったあと、兄は「先に西の畑へ行っている」と言って母屋を出た。
 僕もコーヒーを飲み終えてすぐに兄を追いかけた。