金の魚

その一。

 昔むかし、ある村に一人の百姓が住んでいました。
 百姓の妻は随分ずいぶん前に病気で亡くなりましたが、その妻との間には三人の息子がいました。
 名前を一郎、二郎、三郎と言いました。
 百姓は、毎年たくさんの米が取れる東の田んぼと、毎年たくさんの麦が取れる西の畑と、何も取れない南の沼地を持っていました。
 ある日、気分が悪くなったので家に帰って寝ると、不思議と自分がもうぐ死ぬような気がして、村に一人しか居ない医者を呼んで来るよう息子たちに言いつけました。
 医者が家に来て診察して言うには、やはり百姓の命は長くないという事でした。
 二、三日後には死んでしまうだろうとその医者は言いました。
 そこで百姓は三人にの息子を枕元まくらもとに呼び寄せました。
「私は、あと二、三日したら死んでしまうだろう。
 まだこの世に未練もあるが、これも運命とあれば仕方がない。
 天国でお前たちの母親と仲良く暮らすことにしよう。
 そこで、まだ息のあるうちに土地の分配を決めようと思う」
 そして三人の息子の顔を一人一人見ながら言いました。
「一郎、お前には東の田んぼをやろう。あそこは米がたくさん取れるから、とても幸せに暮らせるだろう。
 二郎、お前には西の畑をやろう。あそこは麦がたくさん取れるから、そこそこ幸せに暮らせるだろう。
 三郎、お前には南の沼地をやろう。あそこは何も取れないけれども、他に土地を持っていないから仕方がない」
 言い終わると、百姓は疲れたのかグッタリと枕に頭を沈めて目を閉じました。
 そして、そのまま二度と目を覚ますことなく、三日後に死んでしまいました。
 坊主を呼んで葬式を済ませ、墓場に父親を埋葬して、わずかな家財道具を処分し終えると、三人の息子は遺言どおりに自分が譲り受けた土地に行って小さな小屋を建てて暮らし始めました。
 一郎は、東の田んぼの近くに小屋を建てて住みました。
 二郎は、西の畑の近くに小屋を建てて住みました。
 三郎は、南の沼の近くに小屋を建てて住みました。
「さて、困ったぞ」
 小屋の中で横になって天井をながめながら、三郎はひとごとつぶやきました。
「兄貴たちは作物の取れる土地をもらったから良いようなものだが、俺が相続したのは、何も育たない沼地ばかりだ。
 しかし、こうして寝転がってばかりいても飢え死にするだけだ。
 ものは試しだ。沼へ行って釣り糸を垂れてみよう」
 そして、竹の釣り竿と魚籠びくを手に、自分がもらった土地へ行って沼の中に釣り針を投げ入れてみました。
 しかし、夕暮れまで糸を垂れてみても、ふな釣る事は出来ませんでした。
 そこで三郎は考えました。
「ひょっとしたら昼間だったから釣れなかったのかもしれない。
 今日はこのまま帰って寝て、明日は夕方から釣り糸を垂れてみることにしよう」
 次の日、三郎は夕方まで家でゴロゴロ寝たあと、お天道てんとう様が西の山に沈む前に起きて釣り竿をかついで沼地に行きました。
 沼地に到着した頃には日も暮れて、沼地の辺りは真っ暗でした。
 三郎は持って来たラムプに火を入れました。
 そして、前の日と同じように沼に糸を垂らしました。
 しばらくすると、ラムプに照らされた水面にキラッと光るものがありました。
 その直後、もの凄い力で釣り糸が沼の底へ引っ張られました。
 三郎はあわてて釣り竿を持ち上げました。
 沼の底から現れたのは、金色に輝くうろこを持った、見たことも無いような不思議な姿の魚でした。
「とうとう、この沼で魚を釣り上げたぞ。
 この沼の魚は、昼間は底でジッとしていて、夜になると起きてえさを食べるのだな」
 三郎は、見たことも無い金色のうろこの魚を魚籠びくに入れ、釣り竿をかついで小屋に帰りました。
 金色の魚は、三郎が一人で食べるのに丁度ちょうど良い大きさだったのです。これ以上魚を釣り上げてもお腹が一杯になって食べ切れないのでした。
 家に帰ると、包丁で金色の魚を料理して食べました。
 とても美味おいしい味がしました。
 あまりに美味おいしかったので、骨と鱗以外は全部食べてしまいました。
 きもも食べました。
 ふと、食べ残したうろこを見てみると、どうやら、それは本物のきんのようでした。
「おやおや、これは凄い事だぞ。
 この金色のうろこだけでも、結構けっこうな価値がある」
 そこで紙を広げて、その上に鱗だけを移し、部屋の隅に置いて乾かし、骨は外の土の中に埋めた後で、小屋に戻って寝ました。
 次の日、三郎は部屋の隅で乾かした金の魚のうろこあらためて太陽にかざして見ましたが、確かにそれは本物の黄金きんでした。
 三郎はうろこを紙に包んで戸棚の奥に隠すと、寝床へ戻って夕方までゴロゴロしました。
 日が暮れる直前に起きて、昨日と同じように釣りに行く支度したくをして、さあ、出かけようかという時に、ふと左手を見ると、なんと小指のつめが黄金色に変色しているではありませんか。
「これは一体いったいどうした事だろう。
 左の小指のつめだけが金色になってしまっている」
 三郎は思わず右手の親指と人差し指で、左手の小指のつめまみました。
 すると不思議な事に、日暮れ前の薄暗い小屋の中が、まるで昼間のようにパッと明るくなって隅々すみずみまで良く見えるようになったではありませんか。
「あっ」
 と叫んで、三郎は左手の小指をまんでいた右手を離しました。
 その途端とたん、明るかった部屋は元の薄暗い部屋に戻ってしまいました。
「もしや、これは」
 しばらく小屋の真ん中に立って考えた後で、三郎はつぶやきました。
「もしや、これは昨日食べたあの金色の魚のせいに違いない。
 きっと、あの金色の魚には、見えない物を見えるようにする千里眼せんりがんのような力があったのだ。
 その魚を食べてしまったので、左手の小指のつめが金色になってしまって、私の体に千里眼の力が乗り移ったのだ」
 試しに、金色のつめを右手でキュッ、キュッ、と二回まんでみました。
 今度も同じようにパッと部屋の中が明るくなりましたが、さらに驚いた事には、部屋にある品々が薄っすらと透けて見えるではありませんか。
 昼間、戸棚の奥に紙に包んで仕舞しまって置いた金のうろこも、透けて見えます。
 右手を離すと、元通りの薄暗い部屋に戻りました。
「そうか、金色のつめをキュッ、キュッ、と二回まむと、物が透けて見えるのだな。
 これは、便利、便利」
 三郎は、昨日と同じように釣り竿を肩にかついで小屋から出ました。
 しかし昨日とは違って、ラムプは小屋に置いて行きました。
 金色のつめさえあれば、どんなに夜の沼地が暗くても、不自由はしないと思ったからです。
 やがて沼地に着くころには、辺りは真っ暗になっていましたが、小指をまみながら歩いてきた三郎にとっては、何でもない事でした。
 釣り糸を沼にれる前に、試しに左手の小指をキュッ、キュッ、と二回まんでみました。
 すると、どうでしょう、濁った沼の水が、まるで清らかな泉の水のように透明になって見えました。
 岸に立つ三郎の目からは、どこに魚の群れが隠れているのか一目瞭然いちもくりょうぜんでした。
 向こう側の岩の陰には、大きな大きななまずが三もいました。
 ぐ近くの水草の根元には、丸々と太ったうなぎが五以上も隠れていました。
 魚の隠れている場所に釣り針を投げ込むと、次から次へと面白いように魚が釣れました。
 こうして朝日が昇るまで釣りをして魚籠びくに入り切らない程のなまずうなぎを釣り上げた三郎は、獲物を持って村へ行きました。
 村に一軒だけある魚屋の前まで来ると、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と戸を叩きました。
「誰だ、俺の家の戸を叩くやつは」
 戸が開いて出てきたのは魚屋の親父おやじです。
「沼地でたくさんのなまずうなぎを釣り上げたので、買って欲しいのです」
 三郎は、そう言って、魚屋の親父おやじの前に魚籠びくを突き出しました。
 魚屋が魚籠びくの中を見ると、大きななまずや丸々と太ったうなぎがピチピチ、ニュルニュルと動いているのでした。
「やあ、これは何としたことだ。
 こんなに大きななまずも、丸々と太ったうなぎも見たことがねぇ」
 魚屋の親父は喜んで、高い値段で魚を引き取ってくれました。
 こうして三郎は、昼のあいだ寝て夜中に起きて沼地へ行き、たくさんの魚を釣る生活をするようになりました。
 それから、十日後の夜の事です。
 いつものように、三郎は沼地へ行って透視とうし術を使って魚のいる場所を探り当て、そこに釣り糸を投げ込みました。
 その時、何だか嫌な気配がして、ふと右に顔を向けました。
 驚いたことに、そこに男が立っていました。
 ついさっきまで、この沼の岸には自分一人だったはずです。
 三郎には、男が突然、何もない所から音もなく現れたように感じました。
 男は背が高くせていて、生気のない青白い顔で頬がゲッソリとコケていました。
「あ、あなたは一体、誰ですか」
 三郎が恐る恐る男にたずねました。
「ああ、やっぱり、あなたには私の姿が見えるのですね」
 顔色の悪い男が三郎に言いました。
 そしてニヤリとして、続けてこう言いました。
「実は私は生きている人間ではないのです。
 だから普通の人間には見えないはずです。
 私が見えるという事は、あなたは、何か特別な能力ちからを持っているに違いない」
「生きている人間ではないとは、どういう意味です。
 あなたは、一体、誰ですか。
 名前を教えてください」
「私の名は、アントニオと言います。
 十年前、この沼の近くで三人の盗賊に襲われ、殺された男です。
 つまり、私は幽霊なのです」
 三郎は、その言葉を聞いてアッと驚きました。
 この男は、自分が既に死んでしまっていると言います。
 それは本当でしょうか。
 この世に幽霊など本当にいるのでしょうか。
 しかし音も無く、気づかれることも無く、いつの間にか三郎の横に立っていたのは確かな事です。
「そ、その幽霊さんが、お、俺に何の用事だい」
 三郎は、アントニオと名乗った男にたずねました。