砂上船タルナーダ号の冒険

第1話「砂漠賊の魚雷」

 夢の中で、浩一郎はコックピットに座る父親の膝の上に居た。
 三歳の頃の記憶か、四歳の頃だったか。
 前面の三次元投影パネルに青い空が広がっていた。
 シートベルトをしていない浩一郎のために、父親はを極低速でホバリングさせ、大きな円を描いて旋回させた。
着地ランディングするぞ」
 完全密閉型ヘルメットの外部スピーカーから父親の声が聞こえた。浩一郎は振り向いて父の顔を見た。真っ黒なバイザーに覆われて表情は分からなかった。
 足元の巨大建造物がゆっくりと上がって来て、屋上部分が自分たちの目線を超える。
 ……いや、建造物が上に伸びているのではなかった。浩一郎たちが降下しているのだ。
 僅かなショックと共に、着地。
 裏側に投影パネルを仕込んだ機体のが跳ねあがった。
 狭苦しいコックピットに乾いた風が入り込んで来る。
 耐ショック装甲戦闘操縦服を全身にまとった父親は、浩一郎を抱き上げ、ひざまずいた姿勢で駐機する機体の各所に設けられた搭乗用のステップと、装甲に覆われた腕の関節を器用に伝って砂の上に降り立った。
 地上では母親が夫と息子を待っていた。はらはらと心配そうに自分を見つめる母の瞳を見て、浩一郎の心に少しだけ罪悪感が湧いた。初めての飛行は何物にも代えがたい素晴らしい経験だったが、母親を心配させるのは良くない事だ。
 戦闘操縦服を着込んだ父の胸から、母の柔らかい胸に移った。
 母の首を抱きしめながら振り返って父親を見ると、父親の全身を覆っていた操縦服が粒子状に分解され、代わりに見慣れた砂漠服が再構築された。地上を放浪する時の、いつもの父の姿だ。
 父の後ろには、今まで浩一郎と父が搭乗していた機械じかけの巨人が片膝を突いていた。
 息子を抱きしめながら母は自分の夫に何か文句を言っていた。
 ……何を言っていたのか、夢の中では思い出せなかった。

 * * *

 大昔の廃墟で、携帯ストーブを囲んで夕食を摂りながら時々母は「あなたのお父さんは世界で一番強い」と浩一郎に言った。照れくさそうに母を見る父と、父を見つめる母の姿を夢の中で思い出した。

 * * *

 放浪生活の途中で立ち寄った小さな村で、ちょっとした不注意から母は猛毒の甲殻生物に刺されてしまった。村に一つだけ開業している診療所のベッドの上で、父と息子の手を握りながら母は亡くなった。
 村人たちの好意で、母は村はずれの墓地の片隅に埋葬された。
 墓標の前にひざまづいた父が、小さな声で言った。
「世界で一番強くても、毒虫にさえ勝てない」

 * * *

 父と息子は放浪を続けた。
 なぜ旅を続けるのかは分からなかった。何かから逃げているような事を漏らした事もあったが、それ以上は教えてくれなかった。
 息子が成長するに従い、父親は浩一郎に生き抜く術を教えて行った。
 砂漠で水の湧く場所を探し当てる方法。食料を確保する方法。格闘術。武器の使い方。脅威をいち早く見つけ、逃げる方法。

 * * *

 世界最強の男は、誰も居ない都市の廃墟で、息子に看取られながら死んだ。
 内臓の機能異常だった。何が原因で彼の体内機能が異常をきたしたのか、父にも息子にも分からなかった。
「私の生命反応が消滅すると……」
 窓の失われた建物の中、吹き込み積もった砂の上で、バンダナを外しながら父が言った。
「このクリーガー・端末機ターミネールひたいから剥がれ落ちる」
 眉間の上、額の中央に埋め込まれた銀色をしたプレート状の物体を指さした。
「剥がれ落ちた端末機ターミネールを水で良く洗い、自分のひたいに付けろ。自動的に再起動し、金属の端子が頭蓋骨を貫通して、お前の脳と端末機ターミネールを接続する。最初は不快だろうが……すぐに慣れる。あとは全て軌道上の『クリーガー』が教えてくれる……端末機ターミネールの存在は、なるべく他人に悟られるな。『エックス』の入れ墨をした種族に気をつけろ。絶対に近づくな。逃げろ」
 最後に、自分が死んでも砂の中に埋める必要は無い、すぐにこの場所を立ち去れと言って、父は息を引き取った。
 少年は初めて父の命令に背いた。
 折りたたみ式のスコップで砂に穴を掘り、苦労して父の体を引きずって穴の中に横たえ、上から砂を被せた。あまり深くは埋められなかったから、屍肉をあさる砂漠の生き物たちに掘り返される可能性があった。少年は、墓標の無い父の墓のそばに座り、一昼夜を過ごした。
 翌日の夕方、自分の髪を丸刈りにして、父の遺言どおり、水筒の水で洗った金属パネルを額に当てた。刺すような痛みを感じた瞬間、パネルは浩一郎の頭蓋骨に固定され、さらにその奥の脳に金属の根を張った。
 砂の上にうずくまって苦痛をやり過ごした後、頭にバンダナを巻き、砂に埋めた父の死臭が肉食動物を引き寄せないように祈りながら、何千年(ひょっとしたら何万年)も昔に造られた都市の廃墟を後にした。
 浩一郎が十二歳の時だった。

 * * *

「コウちゃん、コウちゃん!」
 名前を呼ばれ、燦々と降り注ぐ太陽の下、風車式陸走ヨットのデッキで浩一郎は眠りから醒めた。
 目の端が涙で濡れていた。失われた、貴重な、体の水分だ。
 袖で目をぬぐい、上半身を起こす。
 デッキチェアの隣に少女が立っていた。七、八歳くらいだろうか。
 通気性の良い砂漠用のマント、デザートブーツ。乾燥地帯で放浪生活を送る人間お決まりの服装だ。
 少女は頭に小振りの帽子をかぶっていた。惑星の公転半径が適度に長いため、乾燥している割に日差しはそれほどキツくない。
「ああ、なんだ、ナユか」
 那柚なゆと呼ばれた少女が、プウッと頬を膨らませた。
「『なんだ』は無いでしょ、『なんだ』は。もう、失礼しちゃうわ」
 大人っぽいんだか少女っぽいんだか分からない変な言い方をして、那柚は、バンダナをした浩一郎の額を人差し指でツンッと突いた。
 浩一郎……コウ……は、端末機ターミネールを埋め込んだ自分の額に他人が触れることを絶対に許さなかった。ただ一人、この那柚という名の少女以外には。
 この八歳の少女に対してだけは、なぜか浩一郎の警戒本能が機能しなかった。まるで少女の魔法で浩一郎の警戒心が無力化されたような気分になる。
「船長が呼んでいるよ」
 少女の言葉に、浩一郎はデッキチェアから立ち上がりながら聞き返した。
「船長が? 何だ? 何かあったのか?」
「わかんない。呼んで来いって言われただけだから」
「そうか……分かった」
 連射式ビーム・ライフルのスリングを肩に引っ掛け、帽子ごしに少女の頭を軽くポンッポンッと二回叩いて浩一郎は船室キャビンの入口へ向かった。
 全長十五メートル。特殊鋼鉄製の細長い船体ハルの両側に、合わせて十個の大きな車輪をつけモーターで駆動させて乾燥した荒野を走る。
 動力源は高さ十五メートルの折り畳み式マストの先端に取り付けられた大きな風車だ。風車を使って得た電力を一旦いったん船底の大容量電池に蓄え、巨大な自己修復型ソリッド・ラバーを巻いた車輪に直結された十個のモーターに送る。風車によるエネルギー入力とモーターによるエネルギー出力を分離したこの動力システムによって、向かい風でもゆっくりとなら進めるし、無風状態でも電池が空になるまでは走ることが出来た。
 キャビンの中に女が居た。スラリと伸びた手足と、程よく豊かな胸と腰回りの、美しい女だ。
 半年前に出会ったとき、女は亜矢子あやこと名乗った。偶然にも浩一郎と同じ二十歳だった……自称、だが。
 女の隣には、縦横高さ五十センチほどの車輪付きの金属箱。箱の上面から四本の蛇腹式のアームが伸びてぐねぐねと動いていた。アームのうち二本の先端にはカメラと各種センサーが付いてる。残りの二本の先端は、物を掴めるよう人間の手に似た構造になっていた。
「どうしたんだい? 船長?」
 浩一郎が車輪付きの金属の箱にたずねた。
「砂漠賊だ」
 金属箱のセンサー・ユニットが浩一郎の方に向けられ、機械的に合成された男性の声が答えた。
 音声合成プログラムを使えば、どんな声でも音でも忠実に模写シミュレートできるらしいが、彼はわざと機械臭い声で話す。いつだったか浩一郎が聞いたら、「気に入っているから」とか言っていた。
 この車輪付き金属箱内部に組み込まれた人工頭脳には、かつてこの船の持ち主兼船長だった男の知性がコピーされている。
 マストの先端にあるレーダーがとらえた映像が、船室の壁に埋め込まれたモニターに映っていた。レーダー索敵範囲のギリギリ内側、真後ろ6じの方向から、複数の点がヨットを追いかけていた。
「どうする?」
 浩一郎が金属箱……船長……にたずねた。
「逃げきれるか試してみるさ」
 船長が二つあるカメラ・アイの一つをモニターに、もう一つを浩一郎に向けて言い、金属箱に付いた車輪を動かして船首の方へ向かった。蛇腹式自在アームを使って操舵室のドアを開け、中に入る。
 船長の合成音声には、余裕が感じられた。
 この竜巻タルナーダ号の十個の車輪を動かすモーターは特製の高出力バージョンに換装されていた。そのぶん電力消費も大きいが、弱小砂漠賊のオンボロ船なら、あっという間に置き去りに出来る。
 亜矢子が船内放送マイクを取り「ナユ、砂漠賊よ。船尾ガトリング・ビーム銃座へ」と言った。
 那柚なゆと呼ばれた少女がデッキを走って船尾に向かう姿が、船内監視モニターに映し出された。
「これより本船は、風走ふうそうモードから蓄電池による機動モードに移行する」
 操舵室の船長が船内放送で知らせた。
 キャビンの天井から「ゴォーン」という、重い金属の動く音が聞こえて来た。
 マストが折りたたまれているのだ。
 通常走行時には、十五メートルの高さで風を受け電力を生み出している風車も、機動モードでは余計な空気抵抗を生んでしまう。重心が高ければ旋回時に横転のリスクが高まる。
 互いに百二十度の角度で風車軸に取り付けられていた三枚羽根が一直線に束ねられ、マストが三分割されてZ型に折り畳まれながら前方に倒れていく。
 マストの変形が完了した直後、船全体がグンッと加速した。何かに捕まっていなければ仰反のけぞってしまう程の加速だった。
 浩一郎はモニターの電池残量グラフを見た。現時点での蓄電量は九十九パーセント。
「コウ!」
 隣でレーダー・モニターを見ていた亜矢子が叫んだ。浩一郎が隣のモニターを覗くと、一つだけ、砂漠賊から離れて高速で近づいて来る輝点があった。
「なんだ? この速さ、尋常じゃないぞ!」
 そこで思い当たる。
「まさか、こいつらロケット魚雷を持っているのか」
 車輪の付いた流線形のボディに推進剤を詰め、後部ノズルから炎を噴射してその反動で砂漠の上を走る兵器。
「船長、ロケット魚雷です! 進路を変えてください」
「まかせろ」
 浩一郎がマイクに向かって言うと、すぐさま操舵室から声が返ってきた。左に横Gが掛かり、船体が右に進路を変える。
 レーダーを見る。魚雷の射線がれた。キャビンの中で亜矢子と目を合わせる。彼女がホッとしたような顔をした。
 次の瞬間、レーダー上の魚雷が進路を変えた。再びヨットを追尾する進路に入った。
「何ッ! だと?」
 驚く浩一郎の隣で、亜矢子がマイクに向かって叫ぶ。
「ナユ、聞こえる?」
「こちらナユ。聞こえます。どうぞっ」
 船尾銃座に収まってヘッドセットをした那柚なゆから応答があった。
「陸走魚雷が本船に向かっています。モニターで確認できて?」
「えーっと……ちょっと待って……あ、あった。土煙を上げて接近する物体発見! もの凄いスピードですっ!」
「迎撃できる?」
「や、やってみます!」
 浩一郎は、モニターの入力先を切替え、ガトリング・ビーム砲のスコープに接続した。
 中央に十字のマーカーが光る船尾銃座からの映像……その中に土煙が見えた。カメラの視点がマーカーと土煙を重ねるように動く。
 ガトリング・ビーム砲から放たれた光の線が十字の交点に吸い込まれて行く。
 ほんの少しの誤差で、陸走魚雷には当たらなかった。
 再度、那柚なゆが射角を調整した。
 ビーム発射。発射しつつ、微調整。
 火柱!
 陸走ロケット魚雷は浩一郎たちのヨットまで三分の一という所で撃破された。
「やったーっ」
 船内放送用スピーカーから那柚の喜ぶ声が聞こえた。
「まだよっ! 第二派、来ます!」
 マストを折り畳むとレーダーの索敵範囲が縮小する。その範囲ギリギリの所に再び高速の移動物体が表示された……今度は、二点。
「船長!」
 浩一郎がマイクに叫んだ。
「バギーで出ます。バギーのビーム機銃で魚雷を撃ちます」
「そんな……無理よ」
 亜矢子が浩一郎に言った。バンダナを外しながら浩一郎が答える。
「クリーガーを使う。このクリーガー・端末機ターミネールを活性化させると、肉体の反応速度、感覚機能が数倍に向上する」
「じゃ、じゃあ……」
「ああ。。船長、良いですね?」
「……頼む」
 船長の声を聞き、黙っている亜矢子を置いて浩一郎は船室キャビンを出た。
 デッキの上でひたいの金属板を空に向けるようにして叫ぶ。
「クリーガー!」
 衛星軌道上に定位するクリーガー本体から放たれたレーザー・マーカーが、正確に浩一郎の額を射た。それは、天から一直線に垂れた赤く光る糸のように見えた。
 浩一郎の衣服と装備が粒子に分解され、代わりに装甲戦闘操縦服シュタイアグリートが粒子から再構築され、浩一郎の体を包む。
 黒いバイザーの完全密閉型ヘルメット。革ツナギのようにも見える高結合ナノ・カーボン製のスーツ。全身の各部に装着されたエネルギー・セルを兼ねたのアーマー・パッド。靴底ソール部に空気圧縮式ジェット・モーターを仕込んだ戦闘ブーツ。
 全身をオーバー・テクノロジーの鎧で包んだ浩一郎は、直列二座タンデム式のサンド・バギーを吊るした舷側の跳ね上げ式アームに走った。
 ビーム機銃付きバギーに乗り込み、リモート・コントロールでアームを下す。
 メイン・スイッチを入れると、アームから伝わる信号により船の速度と車輪の回転速度が同期した。
 ロック解除。着地。バギーが船の横を並走する。アクセルを緩め、車速を落としながら、クリーガー・戦闘操縦服シュタイアグリートからすれば原始的な無線通信に周波数を合わせ、船に音声を送った。
「ナユ、聞こえるか?」
「ああ、コウちゃん! 聞こえます、どうぞ!」
「進行方向右の魚雷を射撃してくれ。俺は左をやる」
「了解!」
 バギーを前に向けたまま、フロント・ガラス下のモニターに機銃カメラの映像を出す。
 左のレバーでバギー本体を操り、右のレバーでビーム機銃を操作して接近する魚雷を探した。
 ……あった!
 バギー前方とモニター上の土煙を同時に見ながらトリガー・スイッチを押した。周囲の空気をイオン化し、「バリバリッ」という音を響かせながら、赤い射線が土煙の先端に吸い込まれる。
 爆発。魚雷消滅。
 その向こうで、もう一発の魚雷が黒い煙を上げて爆発するのが見えた。那柚が見事撃破したのだろう。
「砂漠賊の速度が鈍ったわ」
 船からの無線をクリーガーのヘルメットが捉えた。亜矢子の声だ。
「たぶん、あきらめたのでしょう。もう追って来ない」
 ……亜矢子からの通信は、言葉にならない思いを浩一郎に伝えていた。
 砂漠賊にとって略奪行為は一種の「経済活動」だ。
 彼らは彼らなりに収入と支出のバランスを常に考えている。相手が予想以上に手強てごわく割に合わないと思えばアッサリ諦めることも多い。とくに体力の無い弱小砂漠賊は手を引くのが早かった。
 ……しかし……
(そういう訳にも、いかないんだよ。亜矢子。クリーガーの存在は他の誰にも知られる訳にはいかない。天から真っ直ぐに伸びて俺の額を射た赤い光線を見られた以上、皆殺しにするしかない)
 ヘルメットに内蔵された空間跳躍多重通信で、衛星軌道上のクリーガー本体を呼び出す。
 信号を受けたクリーガーが軌道上でバックアップ・モジュールと切り離され、飛翔形態のまま大気圏に突入した。
 浩一郎はブレーキ・ペダルをゆっくりと踏み、バギーを停車させた。二十を数え終わる前に、飛翔形態のクリーガーが降下してバギーの横に着陸した。バギーを降りて天から舞い降りたオーバー・テクノロジーの体内コックピットへ潜り込む。
 ハッチを閉じると同時に戦闘操縦服シュタイアグリートとのデータ・リンクが始まった。目の前の三次元投影パネルに「180」の文字が浮かんだ。179……178……と一秒ごとに数字が減って行く。
 これがクリーガー唯一の欠点だ。搭乗直後から百八十秒……三分間をリンク・シーケンスに要し、そのあいだ動くことが出来ない。
 竜巻タルナーダ号が去って行った方とは反対の方角から、砂漠賊の船団が現れた。クリーガーの前で急減速し、停止した。船の数は六隻。どれも弱小砂漠賊らしい小型のオンボロ船だ。
「これに比べれば竜巻タルナーダ号は大金持ちの高級ヨットだな」
 コックピットの中で浩一郎はつぶやいた。
 船のデッキに男たちが現れ、砂の上に降り立ち、恐る恐るクリーガーに近づいて来た。
 みな小汚い格好をしている。体の一部を失い、義手や義足を装着している者も何人か居た。片目に眼帯を巻いている老人も見える。野蛮そうな顔の連中だが、邪悪な感じは、しない。
 こいつら、今までの人生で何人殺して来たのだろうか? ふと、そんな事を考えた。
 悪い奴らではないのかもしれない。
 ただ、目の前に「砂漠賊」という生き方があったから選んだだけだ……そんな風にも思った。
 賊の一人がクリーガーを狙ってビーム・ライフルの引き金を引いた。彼らのどんな武器をもってしても、機体には擦り傷一つ付けられないだろう。
 自動追尾の陸走魚雷などという代物でさえ、こいつらにとっては身分不相応だ。衛星軌道から飛来したクリーガーなど理解の域を超えているに違いない。
 ふと三次元投影パネルに映った若者の手元が気になった。
 拡大投影してみる。
 ヘルメットの中で思わず気の抜けた笑い声を上げてしまった。
「ハハハ……何だ、そういう事か……そんな簡単な事だったのか……ハハハ」
 男の手には、原始的な無線コントローラーがあった。自動追尾でも何でもない。ただ、遠くから目視でラジコンを操作していただけだ。
 遠距離から高速の魚雷を操作するのは並大抵の事ではないだろう。案外、成功率は低いのかもしれない。
 ひょっとしたらクリーガー・戦闘操縦服シュタイアグリートなど使わなくても逃げ切れたのではないか……そんな可能性を考えた。
 パネルのカウントダウンがゼロになった。
 機体の全機能が浩一郎の制御下に置かれた。
 ゆっくりとホバリング。上昇。賊の男たちが驚きの声を上げて後ずさる。
 浩一郎は、脳リンケージを通してクリーガーに指令を送り、男たちと彼らの海賊船の上に高出力ビームの雨を降らせた。

 * * *

 バギーのアクセルを踏んで、竜巻タルナーダ号を追いかけた。
 クリーガーは宇宙に帰り、浩一郎は普段の服装に戻っていた。
 遠くにタルナーダのマストが見えた。既に機動モードを解き、通常風走モードに戻っている。
 向こうのレーダーにも浩一郎のバギーの影が映っている事だろう。
 近づいてみると、船の速度が遅い。
(待っていてくれたんだな)
 仲間の気持ちが、ありがたかった。
 バギーを舷側のアームにつなげて、船室キャビンに入った。
「コウちゃん、すっごーい! バギーから魚雷をバンッ、バンッ、ボッカーンって……カッコ良かったよ!」
 那柚なゆ浩一郎の体に飛びついてきた。
 戦闘でクリーガーを使ったあと、那柚は必ず浩一郎に抱き着いて「すごい、カッコ良い」を連発する。
「ねえ、アヤ姉もそう思うでしょ? コウちゃんカッコ良い、って」
 那柚が振り返って亜矢子に同意を求めた。
 亜矢子は少し苦そうな、少し悲しそうな笑みを浮かべ、浩一郎を見ていた。
「今回も浩一郎に……クリーガーに助けられてしまったな」
 操舵室から出てきた船長がガラス製のレンズを浩一郎に向けて言った。

 * * *

 夕方、浩一郎がデッキに出て夕日に染まる荒野を眺めていると、四つのタイヤを転がして船長が隣にやってきた。
「……しかし、毎度のことながら、ナユの『すごい、カッコ良い』は大袈裟おおげさだな」
 船長が言った。
「気を使っているんですよ……彼女なりに、俺を元気づけてくれているんです」
 浩一郎がつぶやく。
「この船の仲間以外にクリーガーの存在を知られてはいけない。戦闘操縦服シュタイアグリートを身にまとう姿を見られたら相手を殺さなくてはいけない。一人残らず、皆殺しにするしかない……たとえそれが過剰防衛だろうと……殺す相手が百人だろうと二百人だろうと、老人だろうと子供だろうと女だろうと殺さなくてはいけないんだ」
 浩一郎の言葉を船長が引き継いだ。
「しかし、圧倒的に弱いと分かっている相手を一方的に大量虐殺して、良い気分のはずがない、か?」
「一応は俺だって人間ですからね。完全無欠ってわけでもない……ナユはその事を知っているから……八歳の少女は、八歳の少女なりに感じているから、落ち込まないように、俺を過剰に持ち上げるんですよ。『すごい、すごい』って。でも、大人が八歳の子供に気を使わせちゃ、本当は駄目なんだ」
 それからしばらく船長と浩一郎は徐々に暗くなっていく水平線を見た。 
「私も、できればクリーガーの助け無しに上手く切り抜けたいと思っているのだが」
 船長が言った。
「いざとなると、そうも言ってられない事も多いんだ……すまんな」
「それは当然です。目の前に危機があり、俺はそれを突破する力を持っている……なら、それを利用しようと思うのは当然だし、俺にはその力でみんなを守る義務がある」
 浩一郎は船長のカメラ・アイを見て言った。
「俺をこの船に乗せてくれた事は、ありがたく思っています。良い船だ。本心からそう思います。アヤコも、ナユも、船長も、良い人たちだ。俺もこの船のために出来る限りのことをしたい」
「礼を言うのは私の方だ。コウが居なかったら、私たちはとっくの昔に死んでいた。……しかしクリーガーは強力過ぎる武器だ。できるだけを使わずに危機を乗り越える努力をしていこう」
 そのとき、キャビンのドアが開いて、那柚なゆが顔を出した。
「せんちょー、コウちゃーん、晩ご飯で来たよー。今日はアヤ姉特製のカレーだよー」
 浩一郎と機械じかけの船長は、顔を……顔とセンサー・ユニットを見合わせ、夕日に赤く染まるデッキをあとに、キャビンの中に入っていった。