ドラマ「横溝正史シリーズ2」の「不死蝶」全3話を観た。
ドラマ「横溝正史シリーズ2」の「不死蝶」全3話を観た。
amazon video にて。
脚本 野上龍雄、米田いずみ
監督 森一生
出演 古谷一行 他
ひとこと感想
金田一耕助の当たり役といえば、市川崑監督の石坂浩二が有名だが、改めて観ると、この古谷一行バージョンも見事に『金田一耕助』を体現していて、良かった。
しかも、『金田一耕助』というキャラクターに対する両者の解釈が違っていて、興味深かった。
市川崑(石坂浩二)バージョンの金田一
市川崑の映画における金田一耕助というのは、例えば西部劇における『田舎町にやって来た謎のガンマン』とか、黒澤明映画の『宿場町に現れた謎の浪人』のような『異人(まれびと)』だ。
その物語上の機能とは……
「狭い共同体(ムラ社会)の中で『穢れ(人間関係の摩擦ストレス)』が長い年月をかけて徐々に蓄積されていった結果、共同体の緊張が爆発寸前まで高まって、どうしようもなくなった、その時……
「ムラ社会の外部(異界)からフラリとやって来て共同体に風穴を開け、人々の『穢れ』を浄化しムラを再び平和な状態に戻して、またフラリと去って行く異界の神」
……というものだ。
いや、市川映画の金田一の場合は、人々の営みに積極的に干渉する『神』というよりは、成り行きを傍観する『天使』か。
『連続殺人事件』という陰惨な『祭り』の中で踊り狂う村人たちをただ傍観し続け、最後の最後に『超人的な推理力』という呪文を唱えて、人々の心を浄化し、ムラを正常な状態に戻して天空へ去って行く『天使』とでも言うべき存在。
いずれにしろ、市川映画における金田一は「生身の人間」というよりは、超自然的存在に限りなく近い。
それが一番ハッキリと分かるのがラストシーンだ。
多くの場合、市川映画における事件解決後の金田一の去り際は「ふと村人たちが気づいたら、いつの間にか消えていた」という形を取る。
「いったい、あの人は本当に実在する人間だったのだろうか? それとも神が我々に見せた幻だったのだろうか」という余韻を残す。
この超自然的な『異人』としての金田一という役どころに、石坂浩二のクリーンな存在感は良く合っている。
ただ、これは、あくまで市川崑映画における『金田一耕助』の解釈で、原作の小説版における金田一耕助像とは必ずしも一致しない。
原作版の金田一
小説版の金田一耕助は、市川映画に出てくる『天使のような存在』ではない。
『普段は自堕落で社会適応力の無い変人だが、ひとたび殺人事件に出会うと異常な興奮と執着を示し、推理に没頭する』という、シャーロック・ホームズから連綿と続く『探偵小説のお約束』に忠実なキャラクターだ。
大衆小説の読者が想像し感情移入しやすいように、存在感・肉体感のあるキャラクター付けがされている。
例えば、原作では、金田一が何か事件の糸口を発見したり、ひらめいたりした時、興奮のあまり金田一の目が『油を塗ったようにギラギラと光る』と描写される。
殺人事件に対して、彼が狂気と紙一重の執着・興奮を感じていると分かる。
つまり小説版の金田一は、人間として生々しい。
古谷版の金田一
古谷一行版の金田一耕助をあらためて観たら、石坂浩二版よりも原作に近いキャラクター付けだった。
古谷版の金田一には、
『事件の渦中にあってジタバタしながら、その一方で、殺人事件という知的ゲームに興奮する変人』
……という生身の実在感があった。
顔つきも、サラリとした『しょうゆ顔』の石坂浩二に対して、古谷一行の顔は濃い『ソース顔』で彫りが深く目鼻立ちが大きい。
金田一耕助としての実在感・肉体感は、古谷の方が強く感じられた。
原作版の金田一耕助にある『朴訥さ』『飾り気の無さ』も、古谷版において良く表現されている。
結論。両方違って、どちらも良い。
探偵小説の伝統に則(のっと)って『天才的な推理力を持つ変人』という肉付けがされた原作版の金田一。
それを比較的忠実に再現した古谷一行版の金田一。
原作を『異人もの』という映画ジャンルに落とし込んで再解釈した市川崑(石坂浩二)版の金田一。
それぞれに魅力があって甲乙つけ難い、という結論になりました。
最後に、ストーリーについて
私は、横溝正史は結構好きな作家で、それなりの冊数を読んでいるつもりだったが、この『不死蝶』は未読だった。
ドラマを観た感想としては、
- 地方の閉鎖的な村社会が舞台。
- 先祖代々、互いに反発し続ける二つの旧家。
- その憎み合う二つの旧家に生まれた若者たちの『ロミオとジュリエット』譚。
- 数十年前の未解決事件が、呪いの時限爆弾となって現代の人々を狂わせる。
- そして繰り返される悲劇。
……という、いつもの展開だった。
安心の横溝節、安心の金田一耕助印とも言えるが……まあ、しかし、ワンパターンの謗(そし)りは免(まぬか)れないよなぁ……というのが正直な感想だ。