ハーレム禁止の最強剣士!

少女、怪物を見上げ、夜警、身の上を話す。

1、博物館の少女

 公使館の地下空間でコスタゴンが巨大な蛇を見上げていた同じ夜。
 都市国家サミア公立博物館・東館の大ホールで、同じようを見上げる少女が居た。
 真夜中の大展示場。
 天窓から差し込む弱い月の光が、うっすらとホールを照らしている。
 その中央に、グリフォンと呼ばれる巨大な怪物の像があった。
 大きなくちばし。天を見上げる鋭い視線。ホールいっぱいに広がる金属のつばさ
 前足にわし鉤爪かぎづめ、後足には獅子ししの爪。
 わしの前半身と獅子ししの後半身を持つ伝説の生き物。
 降り注ぐ青白い月光を受け、金属の体がボンヤリと光る。
 その巨大なくちばしの下、文字通り台座を鷲掴わしづかみにしている両前足まえあし中間に立って、怪物グリフォンを見上げる少女。
 年齢としは八歳か、九歳か。とおは超えていないだろう。
 なで肩の華奢きゃしゃな体。
 切なそうに怪物を見つめる端正たんせいな顔。
 幼い少女に似合わないうれいを含んだ瞳。
 背中へぐ流れ落ちる長い髪が、月の光を浴びてサラサラと輝いた。
「もう少し……」
 小さなくちびるが動いた。
「もう少し、待っていて」
 天を仰ぎ、翼を広げ、まさに空へ飛び立とうとするその瞬間のまま時間を凍らせてしまった怪物。
 そのひとみに向かって、少女がささやいた。
「私が、かならず、探し出してあげる。あなたの……」

2、衛士テオ・フルス

 広大な敷地に巨大な建築物をいくつも配置し、それらを渡り廊下でつないだ展示施設の集合体、それがサミア公立博物館の外形だった。
 昼間は要所要所に警備の剣士が立つこの施設も、夜は常時たった八人の夜警で守る。
 北側半分を担当する北詰所つめしょ
 南側半分を担当する南詰所つめしょ
 それぞれの詰所つめしょには四人の剣士が配され、二人一組になって交代で見回る。
 館内はもちろん、屋外の植木や茂みの中、広い馬繋場も警備対象に含まれるとなれば、北と南で半分ずつ担当しても巡回には一時間を要した。
「フルスさん、第一班が帰ってきましたよ」
 南詰所つめしょの狭い部屋の中、蝋燭ろうそくランプの明かりで本を読んでいたテオ・フルスは、バディを組む若い剣士の声に顔を上げた。
 詰所つめしょの窓から廊下を見ると、なるほどこちらに向かって歩いてくるランタンの明かりが見える。
「さて……」
 読みかけの本をテーブルに置いて椅子から立ち上がり、肩を回しながら首をごきごきと鳴らした。
「それでは行きますか」
 壁に下げた蝋燭ランタンを取ってテーブルに置き、ともす。
 相棒の若い剣士……ライムント・グリュンブラット……が、自分のランタンに火を入れながら興味深そうにテーブルの本を見た。
「フルスさんって、読書家ですよね」
 表紙の文字を読む。
「何々……『古代イタリアーナ、その歴史と芸術』……へえ、ずいぶん難しそうな本じゃないですか」
「別にインテリ気取きどってる訳じゃねえよ。ひまつぶしさ……巡回はともかく、詰所つめしょで待機している間はひまだからな。後輩の若い剣士に勤務日報を押し付けちゃえばよ」
 若い剣士……ライムント・グリュンブラットが苦笑する。
 先輩剣士が続ける。
ひまが潰せりゃ、本なんて何でも良かったんだがな。こうして縁あって博物館の警備をおおせつかってるんだ。どうせ読むなら職場に関係のあるものが良いと思っただけさ」
 言っている間に、第一班の剣士たちが帰って来た。
「ごくろうさん」
 フルスが声をける。
「残業中の学芸員さんは、まだ帰らねぇのか」
「ああ。東館わきの資料室で、目を血走ちばしらせながら机にかじり付いていたよ。ぶつぶつ財団へのろいの言葉をきながら、な」
 第一班の剣士のうち、年上の方が答えた。
「ありゃあ、朝まで掛かるかも知んねぇな。ご苦労なこった。公立博物館のエリート学芸員も楽じゃねぇ、てか」
「ライムント」
 相棒の名を呼ぶ。
「覚えておけよ。残業中の学芸員さんの退館時刻は報告書に明記するんだぞ」
「わかってますよ」
 言いながら、サミア公立博物館夜警、南側詰所つめしょ第二班の二人は、装備のチェックに入った。
 軽装の皮鎧かわよろい、左の腰に短剣、腰の後側、尻の上あたりに横向きに装備した「ばね式投げナイフ」
「よし、それじゃ行きますか」
 中年の剣士と若い剣士の二人は、詰所つめしょを出て、手に持ったランタンの明かりを頼りに静まり返った暗い廊下を歩きだした。

3、ライムント・グリュンブラット

「しっかし、こんな仕事にいていながら言う事じゃ、ありませんが……夜の博物館って、うす気味悪いですよね。暗くて、ガランとしていて、古臭い石像やら何やらが沢山たくさんあって」
 若い剣士が、隣を歩く中年の剣士にボソッと言った。
 真っ暗な廊下。
 ランタンの光が届く狭い範囲だけが暗闇から浮かび上がっている。
「ああ? ひょっとして、怖いのか?」
「だって、不気味じゃないですか。なかなか慣れませんよ。
「おめぇ、まさか幽霊なんて信じてるんじゃないだろうな」
「そう言うフルスさんは、どうなんですか。信じていないんですか?」
「全然、信じちゃいねぇな。今の仕事に転職するまで、ずーっと傭兵団に居たからよ……あちこちの紛争地域で殺した敵の数は十や二十なんてもんじゃねぇ。真面目に数えた事はねぇが、まあ少なく見積もっても、その十倍は行ってるだろうさ。幽霊なんてもんがこの世に実在してるなら、俺ァ、とっくの昔にりつかれて、呪い殺されてるよ」
「へええ。フルスさん、傭兵団に居たんですか」
「自分で言うのも何だが……十代の頃は結構、すさんでいたからな。家庭にも社会にも居場所のぇガキが行き着く先なんか知れてるよ。就職したら三年間は給料を全納するって契約で怪しげな剣術道場に無料ただで入門して、そこから傭兵団に入って、あとは戦場を転々と、って人生歩いて、気が付いたら四十歳しじゅうだ」
「それが何で、この仕事に?」
「ま、疲れちまったってのが正直なとこか。最前線で殺し合いなんてのは、いつまでも出来る仕事じゃねぇさ。そろそろ潮時か、って思ってたら、知り合いの紹介があってね」
「え? 『コバルド剣士団』って紹介枠あったんですか? てっきり、剣士組合ギルドの斡旋でしか採用しないと思っていましたよ」
「た、たまたま、さ。偶然たまたま
 若い剣士は知らないが、ブルーシールド商会傘下コバルド剣士団には二つの人種がいた。
「一本釣りでスカウトされた特殊団員」と「組合ギルド経由で入った一般団員」だ。
 おおやけにはされていないが、技術にいても、給料面でも、両者には格段の差があった。
 もちろん「スカウト枠」で入った団員の方がはるかに上だ。
「一般団員」との違いが、もう一つ。「スカウト枠」の団員とコバルド剣士団の間には「たとえ非合法な任務であっても拒否できない」という口頭での約束事が存在した。テオ・フルスにとって幸いな事に、今までそのような指令が彼に下った事は無いが。
 今、博物館の暗い廊下を歩いている二人の剣士。
 彼らは同じ「コバルド剣士団」に所属していながら実は全く別の待遇を受けている。
 その事を、若い方の剣士、ライムント・グリュンブラットは知らない。
「お、おめぇは、どうなんだ?」
 年上の剣士が話をらす。
「どうして剣士なんかになった? 切った張ったの世界なんかより、アカデメイアでお勉強……って方が似合いに見えるがな」
「お似合い……か」
 ランタンにらされた剣士ライムントの顔が自嘲じちょうで歪む。
「その『お似合いの人生』ってやつに反逆してみたくなったんでしょうね。何となく予備塾に通って、どうにかアカデメイアに入学して、ほどほどに勉強して、ほどほどに遊んで……ある日突然、そんな生活が嫌になったんですよ。それでアカデメイア退学して剣術道場に入りなおしたんです」
「えっ、途中で止めちまったのか? アカデメイアを? もったいねぇ……さぞかし親御おやごさんは」
「怒りましたよ。怒って大反対しました。でも、そこは強引に押し切りました。勝手にどんどん手続き進めて」
「はああ、分かんねぇな。今どきの若い連中の考える事は、よ。俺と違って、恵まれた家庭に育ったんだろうに」
 テオ・フルスは、隣を歩く若い剣士の顔を見た。
 長年この仕事をやっていれば、だいたい分かる。……
(この男は……ライムント・グリュンブラットは、どう見たって、剣士向きじゃねぇ。さっさと足を洗って、まっとうな仕事にかなきゃ……)
 ……いつか、死ぬ。
「ところで、フルスさん」
 ライムントが話を変えた。
「この博物館に伝わる幽霊話、知ってますか?」
「な、なんだ、おめぇ、急に。さっきまで怖い怖い言ってたじゃねぇか。その手の話が怖いのか好きなのか、どっちかハッキリしろよ」
「怖いけど、好きなんですよ。……で、どうなんです? これだけ古くて大きな博物館だ、幽霊話の一つや二つ、聞いた事あるでしょう」
「知らねぇな。興味ないんでな。聞いたかも知れんが、忘れた」
「ちぇっ。つまんないな。僕は一つ知ってますよ」
「ほう? なら、聞いてやるよ。すぐに忘れるだろうけど」
「これは北詰所つめしょの夜警から聞いた話なんですけどね……夜の館内を歩いていると……時々、
「女の子ねぇ」
年齢としは八歳か九歳くらいで、さらさらっとした長い髪をしていて、カンテラの光が届かない暗闇からスゥーって出てきて、こっちを見て『にやっ』って笑うと、またスゥーって暗闇の中へ消えていくんだそうです」
「ふうん」
「……で、『あっ』と思って急いで追いかけていくと、その先は行き止まりで誰も居ない」
「まあ、有りがちというか、何というか」
「本当ですって。僕、北詰所つめしょの人からじかに聞いたんですから」
「馬鹿、そりゃ、おめぇ、連中にからかわれてんだよ。新米の若い剣士を怖がらせてやろう、ってな」
「違いますよ。その人の話し方、真に迫ってましたから。あれは演技じゃありませんよ」
「分かった、分かった。さあ、無駄話はこれくらいにして、見回りに集中するぞ」

青葉台旭

前のページ

もくじ

小説リスト

ホーム

次のページ