アラツグ、飯屋に行き、ダークエルフの少女と出会う。
1、ローランド
「そ、それにしても、アレですねぇ……BMWの助手席にメルセデスさんっていうのも、違和感っていうか、妙な取りあわせっていうか……あれ、何で俺、そう思うんだろう?」
「……」
後部座席に座るアラツグの言葉に、助手席のメルセデスは少し困ったような顔をして振り返り、黒髪の少年剣士を見た。
御者席のローランドが婚約者の代わりに、いかにも「くだらねぇ」という感じで後部座席の親友に言った。
「それ、既に、いろんな奴に十万回は言われてる」
「へえ、ああ、そうなんだ?……ごめん。えっと、次の角、右に曲がってくれ。そしたら最初の辻を今度は、左。すぐに『デモンズ』って看板が見えてくるよ」
「ああ『デモンズ』か……」
「知ってるのか?」アラツグが、御者席のローランドに尋ねた。
「一度行ったことがある。以前は、都市国家にいくらでもある軽食屋の一軒に過ぎなかったらしいけど、五年前に代が変わって、後を継いだ息子……現在の主 が相当強気で、一気に勝負をかけているって話だ。この数年間で、都市国家の城壁外に何店舗も支店を出しているよ。……そうか、この町にも出来たのか」
「何だ、知ってたか。今ぐらいの時間帯で、この町で飯が食える所って『デモンズ』ぐらいなんだよ。どうする? 嫌か?」
「落ちついて椅子に座れて軽食が食えれば、どこでもいいよ。……メルセデスは?」
「私も、おまかせします」
(うわ、なんか奥ゆかしくて、良いなあ……メルセデスさんって、声が良いよな……なんか、さらさらっとしてて。ローランドのやつ、ホント、うらやましい)
などと微妙に邪 な事を友人 が考えているとは露知 らず、ローランドが問わず語りに話し出した。
「うちの系列の両替商が、かなりの金貨を『デモンズ』の主 に貸しててね。あれだけ一気に出店しちゃあ、必要な元手も半端無いわな。それを全部うちが貸してやったんだ。あそこの主 、ブルーシールド家には足を向けて眠れないとか言ってるらしいよ。……まあ、こっちはこっちで、キッチリ計算した上で勝てると踏んでるから貸したんだけどね。その関係で一度、親父といっしょに本店へ行ったことがあるんだ」
「ああ、それで……お前みたいな大金持ちのボンボンは、あんまり、こういう店には行かないんだろうなと思っていたよ」
「金持ちだからって、差別するなよ。お前ひょっとして、上流階級は毎日おすましして高級料理屋で朝昼晩と旨い物ばかり食って、バカ高い服屋でお買い物に明け暮れてるとでも思ってんのか?」
「うん。まあ、な」
「金持ちだって、クソもするし、酔っ払えばゲロも吐く。腹が減りゃあ、屋台で買って立ち食いもする。指にソースが付けば、おしゃぶりもする。殴り合いのケンカもすれば、イイ女に色目も使う。おっと、ご婦人の前でした。失礼……」
「……」
(うわ、メルセデスさん、ちょっと困って、ちょっと怒った感じになってて、そこがまたカワイイ……)
「さあ、言ってる間に到着したぞ。降りろ、降りろ」
2、アラツグ
店内に入ると、朝食には遅過ぎ昼食には早過ぎる中途半端な時間帯とあって、アラツグたち以外には、一人で飯を食っている男と、男女二人連れが居るだけだった。
女給に案内されたテーブルについて、それぞれ朝食を注文する。
アラツグは、ふと、男女二人連れのテーブルを盗み見た。
深刻な顔でぼそぼそと何か話している。
時々、女がオークの様な形相で男を問い詰めている。この程度の距離なら、神経を集中すればアラツグの聴力をもってすれば話の内容も聞き取れた。
(……あちゃあ……修羅場かよ……こっちまで気が滅入るなあ)
「何を、他人のテーブルをチロチロ見ているんだ? 盗み聞きか? なら、今すぐ止めろ」
ローランドが非難めいた口調で言う。
彼はアラツグの並外れた身体能力・戦闘能力を知る数少ない人間の一人だ。
「ああ、そうだよな」
アラツグは二人連れのテーブルから意識を離した。話し声が意味のない「雑音」に戻る。
「趣味が悪かったな。すまん」
「俺に謝っても仕方ないだろう。俺は、お前自身のために、ゲスな真似はしないほうが良いと思って忠告してやってるんだ。言っとくが、これは金持ちとか貧乏とか関係ないからな。人間としての品性の話だ」
「分かっているよ。すまんかった」
「だから、俺に謝ってもだな……ふぅ。全く……」
ローランドは、ため息を吐きながらドサッと椅子の背もたれに背中を預け、自分の額に左手を当ててこめかみを軽く揉んだ。
「いいか、アラツグ、お前の最大の弱点は何だ? 分かるか?」
「じゃ……弱点ねえ……なんだろう? 彼女が居ない……ことかな?」
「馬鹿か。お前の最大の弱点、いや唯一の弱点と言っても良い。……それはなあ……剣士として、いや、ひょっとしたら歴史に名を残す勇者として、飛びぬけた能力を持ってこの世に生を受けていながら、今みたいにグダグダな生活を送る中で、その能力を日々ドブに捨てているってことだ」
「はあ……」
「いいか、よく聞け。アラツグ、貴様は、いつか世界中の誰もが知る『英雄』になる。俺は預言者でも占い師でもねえが、絶対に十年以内にそうなる。保証する。貴様にはそれだけの力がある。いずれ、ガキ共は皆アラツグように強くなりたいと願い、女共は皆アラツグの嫁になりたいと願う日が来る。その時のために、今から人々の模範になるような生き方をしろ」
「おいおい……それ、どこから湧いてきた妄想だよ。男が男に妄想とか、やめてくれ。気持ち悪い。まして『英雄』? うえ。鳥肌が立っちまうじゃねぇか。三千年前のゼリッド・ガリアン・ゴルム・ガウド・ガレスの時代じゃあるまいし、今のこの平和で文明化された時代に『英雄』って、お前。……あ、そうだ! そう言やぁ、英雄ゼリッドに資金援助をしたのって、お前のご先祖様だったっけか」
アラツグが、話を逸 らす。
「ああ。まあな」
「その『英雄』への資金援助をきっかけとして一気に勢力を伸ばしたのが、現在まで連綿 と続く名家ブルーシールドの始まりだとか?」
「そんな所だな。まあ、見様によっちゃあ、英雄に取り入り戦乱に乗じて金儲けをした悪徳商人のハシりってわけだ」
「また……そんな……自分の生まれを卑下するなよ。金貸しだって立派な仕事さ。金が無けりゃ、飯屋の主 だって英雄だって、でっかい仕事は出来ないんだからさ。おっと、注文の品が来たぞ。食おう、食おう」
アラツグは目の前の料理に集中する。ローランドのお説教だか妄想にこれ以上付き合わされるのもかなわない。
「まったく……なあ。ちょっとは真面目に俺の話を……」
「さあ、私たちも食べましょう。ローランド」
メルセデス・フリューリンクが、見かねて助け船を出した。
(わあ、フリューリンクさん、ありがとう……ホント、女神みたい)
しばらくして、店の扉が開く音がした。
アラツグは、入り口に背中を向ける形で座っていたが、足音を聞いただけで入ってきた客の背格好は、だいたい予想できた。
(男が一人。女が一人。女の方は軽い防具を付けて剣を下げているな。剣女 か……)
アラツグの対面に座っていたローランドがふと顔を上げて入口を見る。
「おっと……」
入ってきた客を見て軽く驚きの声をあげ、ローランドが立ち上がった。
「知り合いだ。まさか、こんな所で出会うとはな。……ごめん……ちょっと挨拶 してくるわ」
「どうぞ」
「どうぞ」
アラツグとメルセデスが頷 く。
(ローランドの知り合いってことは、とうぜん、向こうも上流階級の人間だよな? どれどれ、どんな奴らだ?)
好奇心から、ふと振り返った。
……心臓が……大きく一拍……肋骨の中で飛び跳ねた。
みるみる顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
褐色の肌。縮れた黒髪の間からのぞく三角形の耳。神秘的な黒い瞳……
エルフ……それもダーク・エルフの男女二人連れだ。
ローランドは、ちょうど男の方と握手を交わしたところだった。
「これは、これは……ヴェルクゴン様……まさか、このような所でお会いできるとは……」
ローランドが慇懃 に挨拶 をする。
ヴェルクゴンと呼ばれた男のダーク・エルフは、人間で言えば二十代前半のように見える。ただし、エルフと人間では寿命も老化のしかたも全く違うから本当の年齢は外見だけでは分からない。
長身のローランドと同じくらいの背丈。細身で、身のこなしは優雅だが力強さは感じられない。
アラツグはそれまで本物のエルフを見たことが無く、幼いころ読んだ絵本か何かの挿絵でしかその姿を知らなかったが、今、目の前にいる男のダーク・エルフは、絵本のとおり縮れた頭髪を丸刈りにして顎 に黒い三角の鬚 を生やしていた。
そして……問題は、もう一人の女エルフだった。
アラツグは、その女……少女? のエルフからどうしても目が離せない。見ているだけで全身が熱くなる。
年齢は……見た目は十代後半、つまりアラツグと同世代……のようだが、もちろん、エルフの年齢などアラツグには分かるはずもない。
黒く、潤んだように薄っらと周囲の光を反 す、大きな瞳。長い弓型のまゆ。端正な鼻、プックリとした唇。つややかな褐色の頬。ばねのように巻きの強い黒髪を編んで、皮鎧 に覆われた形の良い乳房に触れる程に伸ばしている。
アラツグからの角度では、彼女の背中は見えなかったが、おそらく後ろ髪も同じくらいの長さに伸ばしている……何となく、そんな気がした。
小柄で細身だが、胸には程良い量感がある。
腰回りはかなり発達していた。
「スュン、こちらは、ローランド・ブルーシールド。私が魔石と貴金属類の交換を頼んでいるブルーシールド家のご子息だ。こちらは、スュン。一応、私の従妹 ということになっている。まあ、ご存じのようにエルフにとって家族の呼び名は、あまり意味のないものだが」
「初めまして」
透明感のある可愛らしい声だったが、どこか冷たい。
「初めまして。あなたのような美しい女性にお会いできて光栄です」
ダーク・エルフの少女が手を差し伸べると同時にローランドが跪 いてその手を取り、甲に口づけをした。
(スュンさんっていうのかぁ……あのダークエルフの女の子……)
アラツグが、ぼ~っと見惚れていると……
「ところで、ブルーシールドさん……」
ローランドが立ち上がったところで、エルフの少女が話しかける。アラツグの並外れた聴覚は、その声の中に、かすかな苛立ちを感じた。
「あちらの少年は、あなたのお友達ですか? 先ほどから、私をずっと見つめていますが、少し礼儀を失しているように感じらます」
(しまった!)
アラツグは、急いで視線を逸らしてテーブルに向きなおり、うつむいて食べかけの自分の皿を一心に見つめた。
その慌てふためくアラツグの様子を眺めながら、メルセデス・フリューリンクが面白そうに言った。
「ブラッドファングさんて、分かりやすいですね」
「え? 何が? 何の話ですか? ぼ、僕には良く分かりませんが……」
メルセデスが、一瞬、かすかに首を入り口の方に向け、チラリとエルフの少女を見て、また直ぐにアラツグを見る。
「でも、さすがにエルフは止 めといたほうが良いと思うなぁ」
「え? ……い……いやだなあ、フリューリンクさん。さっきから何を言っているんですか。俺にはさっぱり……」
「あの、胸……」
「はあ、胸? ですか?」
「あれ、ニセモノ、かも」
「え?」
「革鎧 って、どんな風にも成型できるんですよね? 大きさも、形も自由自在……」
「そりゃまあ、そうですけど……」
「あの形……ちょっと不自然です。あまりに完璧にカッコ良過ぎるって言うか。……私、こう見えて、何人か剣女 を知っているから分かります。みんな、胸鎧と中身が違ってました。まあ、上げ底ですね。ブラッドファングさん、なんか、女に騙 されやすそうに見えるから、気をつけてくださいね」
(あはは……フリューリンクさん、けっこう、えぐい事、さらっと言うんですね。……ど、毒含んでますよ。なんか……)
ニコッ!
言い終えたメルセデスが最後にアラツグを見て微笑んだ。
(ちゅ、中和された! 言葉の毒が、女神の微笑みで見事に中和されたよ! フリューリンクさん!)
「ブラッドファングさんて……」
「はあ……」
「ホント、女に騙されるタイプですね」
「……」
(ひょっとして、フリューリンクさん、女神系に見せかけて、実は魔女系?)
「そ、それにしても、アレですねぇ……BMWの助手席にメルセデスさんっていうのも、違和感っていうか、妙な取りあわせっていうか……あれ、何で俺、そう思うんだろう?」
「……」
後部座席に座るアラツグの言葉に、助手席のメルセデスは少し困ったような顔をして振り返り、黒髪の少年剣士を見た。
御者席のローランドが婚約者の代わりに、いかにも「くだらねぇ」という感じで後部座席の親友に言った。
「それ、既に、いろんな奴に十万回は言われてる」
「へえ、ああ、そうなんだ?……ごめん。えっと、次の角、右に曲がってくれ。そしたら最初の辻を今度は、左。すぐに『デモンズ』って看板が見えてくるよ」
「ああ『デモンズ』か……」
「知ってるのか?」アラツグが、御者席のローランドに尋ねた。
「一度行ったことがある。以前は、都市国家にいくらでもある軽食屋の一軒に過ぎなかったらしいけど、五年前に代が変わって、後を継いだ息子……現在の
「何だ、知ってたか。今ぐらいの時間帯で、この町で飯が食える所って『デモンズ』ぐらいなんだよ。どうする? 嫌か?」
「落ちついて椅子に座れて軽食が食えれば、どこでもいいよ。……メルセデスは?」
「私も、おまかせします」
(うわ、なんか奥ゆかしくて、良いなあ……メルセデスさんって、声が良いよな……なんか、さらさらっとしてて。ローランドのやつ、ホント、うらやましい)
などと微妙に
「うちの系列の両替商が、かなりの金貨を『デモンズ』の
「ああ、それで……お前みたいな大金持ちのボンボンは、あんまり、こういう店には行かないんだろうなと思っていたよ」
「金持ちだからって、差別するなよ。お前ひょっとして、上流階級は毎日おすましして高級料理屋で朝昼晩と旨い物ばかり食って、バカ高い服屋でお買い物に明け暮れてるとでも思ってんのか?」
「うん。まあ、な」
「金持ちだって、クソもするし、酔っ払えばゲロも吐く。腹が減りゃあ、屋台で買って立ち食いもする。指にソースが付けば、おしゃぶりもする。殴り合いのケンカもすれば、イイ女に色目も使う。おっと、ご婦人の前でした。失礼……」
「……」
(うわ、メルセデスさん、ちょっと困って、ちょっと怒った感じになってて、そこがまたカワイイ……)
「さあ、言ってる間に到着したぞ。降りろ、降りろ」
2、アラツグ
店内に入ると、朝食には遅過ぎ昼食には早過ぎる中途半端な時間帯とあって、アラツグたち以外には、一人で飯を食っている男と、男女二人連れが居るだけだった。
女給に案内されたテーブルについて、それぞれ朝食を注文する。
アラツグは、ふと、男女二人連れのテーブルを盗み見た。
深刻な顔でぼそぼそと何か話している。
時々、女がオークの様な形相で男を問い詰めている。この程度の距離なら、神経を集中すればアラツグの聴力をもってすれば話の内容も聞き取れた。
(……あちゃあ……修羅場かよ……こっちまで気が滅入るなあ)
「何を、他人のテーブルをチロチロ見ているんだ? 盗み聞きか? なら、今すぐ止めろ」
ローランドが非難めいた口調で言う。
彼はアラツグの並外れた身体能力・戦闘能力を知る数少ない人間の一人だ。
「ああ、そうだよな」
アラツグは二人連れのテーブルから意識を離した。話し声が意味のない「雑音」に戻る。
「趣味が悪かったな。すまん」
「俺に謝っても仕方ないだろう。俺は、お前自身のために、ゲスな真似はしないほうが良いと思って忠告してやってるんだ。言っとくが、これは金持ちとか貧乏とか関係ないからな。人間としての品性の話だ」
「分かっているよ。すまんかった」
「だから、俺に謝ってもだな……ふぅ。全く……」
ローランドは、ため息を吐きながらドサッと椅子の背もたれに背中を預け、自分の額に左手を当ててこめかみを軽く揉んだ。
「いいか、アラツグ、お前の最大の弱点は何だ? 分かるか?」
「じゃ……弱点ねえ……なんだろう? 彼女が居ない……ことかな?」
「馬鹿か。お前の最大の弱点、いや唯一の弱点と言っても良い。……それはなあ……剣士として、いや、ひょっとしたら歴史に名を残す勇者として、飛びぬけた能力を持ってこの世に生を受けていながら、今みたいにグダグダな生活を送る中で、その能力を日々ドブに捨てているってことだ」
「はあ……」
「いいか、よく聞け。アラツグ、貴様は、いつか世界中の誰もが知る『英雄』になる。俺は預言者でも占い師でもねえが、絶対に十年以内にそうなる。保証する。貴様にはそれだけの力がある。いずれ、ガキ共は皆アラツグように強くなりたいと願い、女共は皆アラツグの嫁になりたいと願う日が来る。その時のために、今から人々の模範になるような生き方をしろ」
「おいおい……それ、どこから湧いてきた妄想だよ。男が男に妄想とか、やめてくれ。気持ち悪い。まして『英雄』? うえ。鳥肌が立っちまうじゃねぇか。三千年前のゼリッド・ガリアン・ゴルム・ガウド・ガレスの時代じゃあるまいし、今のこの平和で文明化された時代に『英雄』って、お前。……あ、そうだ! そう言やぁ、英雄ゼリッドに資金援助をしたのって、お前のご先祖様だったっけか」
アラツグが、話を
「ああ。まあな」
「その『英雄』への資金援助をきっかけとして一気に勢力を伸ばしたのが、現在まで
「そんな所だな。まあ、見様によっちゃあ、英雄に取り入り戦乱に乗じて金儲けをした悪徳商人のハシりってわけだ」
「また……そんな……自分の生まれを卑下するなよ。金貸しだって立派な仕事さ。金が無けりゃ、飯屋の
アラツグは目の前の料理に集中する。ローランドのお説教だか妄想にこれ以上付き合わされるのもかなわない。
「まったく……なあ。ちょっとは真面目に俺の話を……」
「さあ、私たちも食べましょう。ローランド」
メルセデス・フリューリンクが、見かねて助け船を出した。
(わあ、フリューリンクさん、ありがとう……ホント、女神みたい)
しばらくして、店の扉が開く音がした。
アラツグは、入り口に背中を向ける形で座っていたが、足音を聞いただけで入ってきた客の背格好は、だいたい予想できた。
(男が一人。女が一人。女の方は軽い防具を付けて剣を下げているな。
アラツグの対面に座っていたローランドがふと顔を上げて入口を見る。
「おっと……」
入ってきた客を見て軽く驚きの声をあげ、ローランドが立ち上がった。
「知り合いだ。まさか、こんな所で出会うとはな。……ごめん……ちょっと
「どうぞ」
「どうぞ」
アラツグとメルセデスが
(ローランドの知り合いってことは、とうぜん、向こうも上流階級の人間だよな? どれどれ、どんな奴らだ?)
好奇心から、ふと振り返った。
……心臓が……大きく一拍……肋骨の中で飛び跳ねた。
みるみる顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。
褐色の肌。縮れた黒髪の間からのぞく三角形の耳。神秘的な黒い瞳……
エルフ……それもダーク・エルフの男女二人連れだ。
ローランドは、ちょうど男の方と握手を交わしたところだった。
「これは、これは……ヴェルクゴン様……まさか、このような所でお会いできるとは……」
ローランドが
ヴェルクゴンと呼ばれた男のダーク・エルフは、人間で言えば二十代前半のように見える。ただし、エルフと人間では寿命も老化のしかたも全く違うから本当の年齢は外見だけでは分からない。
長身のローランドと同じくらいの背丈。細身で、身のこなしは優雅だが力強さは感じられない。
アラツグはそれまで本物のエルフを見たことが無く、幼いころ読んだ絵本か何かの挿絵でしかその姿を知らなかったが、今、目の前にいる男のダーク・エルフは、絵本のとおり縮れた頭髪を丸刈りにして
そして……問題は、もう一人の女エルフだった。
アラツグは、その女……少女? のエルフからどうしても目が離せない。見ているだけで全身が熱くなる。
年齢は……見た目は十代後半、つまりアラツグと同世代……のようだが、もちろん、エルフの年齢などアラツグには分かるはずもない。
黒く、潤んだように薄っらと周囲の光を
アラツグからの角度では、彼女の背中は見えなかったが、おそらく後ろ髪も同じくらいの長さに伸ばしている……何となく、そんな気がした。
小柄で細身だが、胸には程良い量感がある。
腰回りはかなり発達していた。
「スュン、こちらは、ローランド・ブルーシールド。私が魔石と貴金属類の交換を頼んでいるブルーシールド家のご子息だ。こちらは、スュン。一応、私の
「初めまして」
透明感のある可愛らしい声だったが、どこか冷たい。
「初めまして。あなたのような美しい女性にお会いできて光栄です」
ダーク・エルフの少女が手を差し伸べると同時にローランドが
(スュンさんっていうのかぁ……あのダークエルフの女の子……)
アラツグが、ぼ~っと見惚れていると……
「ところで、ブルーシールドさん……」
ローランドが立ち上がったところで、エルフの少女が話しかける。アラツグの並外れた聴覚は、その声の中に、かすかな苛立ちを感じた。
「あちらの少年は、あなたのお友達ですか? 先ほどから、私をずっと見つめていますが、少し礼儀を失しているように感じらます」
(しまった!)
アラツグは、急いで視線を逸らしてテーブルに向きなおり、うつむいて食べかけの自分の皿を一心に見つめた。
その慌てふためくアラツグの様子を眺めながら、メルセデス・フリューリンクが面白そうに言った。
「ブラッドファングさんて、分かりやすいですね」
「え? 何が? 何の話ですか? ぼ、僕には良く分かりませんが……」
メルセデスが、一瞬、かすかに首を入り口の方に向け、チラリとエルフの少女を見て、また直ぐにアラツグを見る。
「でも、さすがにエルフは
「え? ……い……いやだなあ、フリューリンクさん。さっきから何を言っているんですか。俺にはさっぱり……」
「あの、胸……」
「はあ、胸? ですか?」
「あれ、ニセモノ、かも」
「え?」
「
「そりゃまあ、そうですけど……」
「あの形……ちょっと不自然です。あまりに完璧にカッコ良過ぎるって言うか。……私、こう見えて、何人か
(あはは……フリューリンクさん、けっこう、えぐい事、さらっと言うんですね。……ど、毒含んでますよ。なんか……)
ニコッ!
言い終えたメルセデスが最後にアラツグを見て微笑んだ。
(ちゅ、中和された! 言葉の毒が、女神の微笑みで見事に中和されたよ! フリューリンクさん!)
「ブラッドファングさんて……」
「はあ……」
「ホント、女に騙されるタイプですね」
「……」
(ひょっとして、フリューリンクさん、女神系に見せかけて、実は魔女系?)