出発。(その1)
四方をガラスに囲まれカーテンも無い車内に、朝の日差しが容赦 無く入り込む。
速芝 隼人 は堪 らず目を開けた。本当はもう少し寝ていたかったが、もう一度目を閉じても眠れない事は分かっていた。
後部座席の両側で寝ていたはずの沖船 奈津美 と禄坊 太史 の姿が見えない。
「おはよう」
叔父の風田 孝一 が運転席から声をかけた。
「ああ、叔父さん。おはよう」
返事をしながら助手席を見た。沖船姉妹の姉、由沙美 がリクライニング・シートの中でぐったりしていた。
(寝ているのかな)
由沙美は下着姿のままだった。風邪を引かなきゃ良いけど、と隼人は心配した。
「えっと、禄坊さんと奈津美さんは?」
叔父に聞いてみる。
「さっき目覚めて、車外に出て行ったよ。たぶんトイレだろう。それか、顔でも洗っているのか。隼人くんも顔を洗って来いよ」
「わかった」
クルマの外に出た。
慣れない車中泊で体のあちこちが痛かった。伸びをして、筋肉をほぐす。
爽やかな朝だった。爽やかで……静かだ。
丘の上のキャンプ場。
二台のクルマに分乗して車中泊をした九人の男女。テントの中に髭面のライダー。それ以外に人間は居ない。
噛みつく人間も、噛みつかれて血を流す人間も、居ない。
トイレの方から大学生のお姉さんたちが三人揃 って歩いてきた。
それぞれタイプは違うけど、皆 なかなかの美人だな、と、隼人は生意気に思った。
モデルみたいにスラリと手足が長く、それでいて胸とお尻には適度にボリュームのある女の人は、どうやら大剛原 警察官の娘さんらしい。
パーカーにショートパンツの女の人は、一番気さくな感じがする。
ワンピース姿の女の人は清楚なお嬢さまといった感じだった。
「よう、少年」
ショートパンツの女の人が隼人に声をかけた。
「おはよう」
残りの二人が同時に言った。
「お、おはようございます」
何だがどぎまぎしてしまい、吃 りながら挨拶をした。
女子大生たちは駐車しているクルマの前を通り過ぎ、駐車場の隅に設置されたソフトドリンクの自動販売機へ向かった。自販機は機能している様 だった。三人それぞれがペットボトルを買い、ごくごくと旨 そうに飲む。
隼人も急に喉が渇いてきた。
でも……その前に……
「まずは小便だな」
男子トイレに向かった。
途中、沖船奈津美とすれ違った。互いに挨拶を交わす。
隼人は同級生の男子の平均よりも背が高かったが、奈津美は、その隼人と同じくらい身長がある。
ブラウスにジーンズ姿。スニーカー。ブラウスの胸の部分がほんのり膨らんでいる。
すれ違ったあと、クルマの方へ歩いて行く奈津美を振り返って見た。
ジーンズのお尻のあたりが、ふっくらと丸みを帯びていた。
(ブ、ブラジャーとか、もう付けているのかな?)
ブラウスの生地を通してストラップのラインが透けて見えないかと目を凝 らしたが、駄目だった。
男子便所に入ると、禄坊太史が洗面台で顔を洗っていた。洗顔のあと、太史は口を漱 いだ。
(うわっ、公衆トイレの洗面台で口を漱いでいる)
一瞬、汚 いと思ったが、上水道が機能しているなら水自体は清潔なんだよな、と思いなおす。
ひょっとしたら、もう今までのような衛生的で文明化された生活は望めないんじゃないか。これからは不衛生な物もある程度受け入れていく逞 しさが必要になるかもしれない……そんな予感がした。
太史は最後に、たくし上げた自分自身のシャツで顔を拭き、便所から出て行った。
用を足し、太史の真似をして顔を洗い口を漱 いで駐車場に戻ると、ハイブリッド・カーが自動販売機の近くに移動していた。テールゲートが開いている。
風田が自販機で次から次へとドリンクを買っては、クルマの荷室に入れていた。
「何しているんですか?」
「ああ、ちょうど良かった」
風田が振り返って、財布から千円札を四枚と小銭をいくらか出し、隼人に渡した。
「このお金で自販機のジュースをできるだけ沢山 買ってクルマに積んでくれ。なるべく甘くて、砂糖が多くて、カロリーが高そうなのを選んでくれ。ゼロ・カロリーとか、ミネラルウォーターとか、そういうのは後回しで良い……ああ、いや、ミネラルウォーターは傷の洗浄に使えるか……じゃあ、五本だけ買っておいてくれ」
「わかりました」
「俺は、髭 ライダーのテントにメモを置いて来る。由沙美さんの様子から考えて、あいつも今ごろテントの中で高鼾 だろうが、下界 の様子を教えずに立ち去るのは後味が悪い。まあ、信じる信じないは奴 の自由だが、一応、置手紙を書いてやろうと思ってね」
「……なるほど」
言われた通り、なるべく甘そうなジュースを買ってはクルマのトランクに入れ、買ってはトランクに入れ、を何度か繰り返していると、沖船奈津美が声をかけてきた。
「あ、あの」
隼人は振り返って少女を見た。
「え、えっと隼人……くん。手伝おうか?」
「え? 良いの? 助かるよ。じゃ、じゃあ、僕が自販機でジュースを買って渡すから、それをトランクに入れてくれるかな」
「うん」
ジュースを買ってクルマに載せる作業をしながら、奈津美が「なんで、甘いジュースばかり買うように言ったのかな」とつぶやいた。
「たぶん叔父さんは、食料が手に入らなかった時の事を考えているんだと思う。ジュースを飲めばエネルギーの補給が出来るからね。……テレビのニュースで『先進国では貧しい人ほど肥満が多い』って言ってたけど、今から思えば、貧しいなりに恵まれていたんだよ。先進国に住んでいるってだけでさ。肥満だ、ダイエットだ、なんて言ってられない時代が来るかもしれない」
そこで、ふと自分が、日本という国や文明社会そのものが失われた可能性を考えていることに気づいて、隼人はゾッとした。
女子大生の一人、大剛原の娘がハイブリッド・カーに近づいて来た。
「あなたのお姉さんに服を着せてやれ、って父さんに言われたんだけど……」
奈津美の顔を見て言った。
少女が隼人と女子大生の顔を見比べた。
「僕は大丈夫だよ」
隼人が言った。
「お姉さんの方を手伝ってあげてよ」
奈津美が頷 き、大剛原と一緒に助手席に周 った。
隼人が四千数百円分を自販機のペットボトルにつぎ込み、大剛原結衣 と奈津美が由沙美に服を着せ終えた時、警察官が皆に召集をかけた。
風田が再びハイブリッド・カーを動かしてSUVの隣につける。
(髭 ライダー以外)全員がその場に集まった。
「さて……何とか無事に夜を過ごし、朝を迎えた訳だが」
大剛原が言った。
年長者でもあり、警察官でもあるという事で、暗黙のうちに大剛原が場を仕切る格好になった。
「問題は、これから何処 へ行き、何をするか、だ。……何かの縁 で一つの場所で一夜を過ごした我々だが、それぞれ考え方も目的も違うだろう」
「大剛原さんは、どうするつもりですか?」
風田が聞いた。皆が大剛原に注目し、その答えを待つ。
「私は……F市の県警本部へ行こうと思う。この現象がN市だけの局地的なものという可能性もある。F市が無事で県警本部が機能していれば、その指示に従う……結衣、それで良いな?」
「私は……他に良い考えもないし、お父さんに従うわ」
「もし、F市も壊滅状態だったら?」
風田が重ねて聞いた。
「県警本部も、N市の警察署みたいになっていたら?」
大剛原がグッと喉 を詰まらせ、風田を睨 む。
「そ、その時は……その時の事だ。情報の少ない中で、とりあえず出来る事をやるしかない。……そう言う君はどうなんだ? 風田くん?」
「俺は……俺と隼人くんには……もう、お互い以外に家族は居ません。俺たち二人きりです。正直、行く当ても何処 にもない。……ただ、N市に留まっていては埒 が明 かないと思っています。他の街や、日本全体が今どうなっているのか知りたい。大剛原さんがF市に行くというのなら、ぜひ、ご一緒させて下さい。県警本部もそうだけど、F市は県庁所在地だ。何か有力な情報が得られるかもしれない。隼人くんは、どうだ?」
「叔父さんの言う通りで良いです。一緒に追 いて行きます」
隼人が言い終わると、禄坊太史が手を挙げた。
「あの、ぼ、僕、F市の大学生ですけど、実は市内の自宅から通っているんです。F市の家まで連れて行って下さい! お願いします!」
大剛原が頷 き、次に志津倉 美遥 と棘乃森 玲 に視線を移した。
「ど、どうする?」
玲が美遥を見た。
美遥が、大剛原に言う。
「私たち、東京出身なんです。二人とも実家は東京にあります」
「東京かぁ……」
どうしたものかと大剛原が頭を掻 いた。
「私たちも連れて行って下さい!」
思い切ったように玲が言った。
「え? ちょ、ちょっと玲……」
戸惑ったような声を上げる美遥を無視して、玲が続ける。
「N市 から見て、東京はF市の向こうにあります。皆 と一緒にF市へ行けば、ちょっとでも東京に近づいた事になります。そっから先は、その時考えます!」
「美遥くんも、それで良いのか?」
大剛原が念を押す。
「えっと……は、はい」
自信の無さそうな声で美遥が言った。
最後に皆の視線が奈津美に集まった。
「小学生の君に、こんな重大な判断を求めるのは酷 なようにも思うが……」
大剛原が奈津美に言い、ハイブリッド・カーの助手席で眠る由沙美を見た。
「お姉さんがあんな状態である以上、君たち姉妹の行動は君に決めてもらわなきゃならんのだ」
「あの……私たちも……東京に親戚が居ます。だから……い、一緒に連れて行って下さい」
言いながら、美遥と玲を見た。東京に実家のある美遥たちと行動を共にしたい、そう思っているのだろう。
「よし、じゃあ、決まりだな」
風田が言った。
「ここに居る全員、少なくともF市までは一緒に行く、って事で良いかい?」
皆が頷 いた。
「大剛原さん、出発前に改めて簡単に自己紹介でもしませんか?」
風田がポケットからメモを取り出した。
「全員の顔と名前を一致させておきたい」
「自己紹介か……よかろう。では私から……私は大剛原……」
「ああ、ちょっと、待ってください。皆 、血液型も教えてくれ」
「血液型?」
「万が一、怪我をして病院に運び込まれたとき必要になるでしょう……病院が機能していれば、の話ですが。皆 、運転免許証の有無と、そのほかに何か資格を持っていたら、それも教えてくれ」
メモ帳に何かを書き込みながら言う風田を見て、大剛原は内心、舌を巻いた。
(まったく抜け目の無いやつだ……)
咳 ばらいを一つして、あらためて自己紹介を始める。
「私は大剛原 栄次郎 。五十一歳。運転免許あり。A型だ」
それから全員が名前と年齢と血液型と免許の有無を順番に言い、風田がメモに書き留めた。
自己紹介が終わり、とりあえずF市までは行動を共にすると決めた九人の男女がSUVとハイブリッド・カーに分かれて乗り込む。
大剛原の運転するSUVが先導し、風田の運転するハイブリッド・カーが追 いて行く形で〈丘の上キャンプ場〉を後にした。
出発直前、運転席でメモを確認する風田の肩越しに、隼人は即席の〈名簿〉が書かれたメモ帳を覗 いた。
SUV
運転席・大剛原 栄次郎 。A型。51。免許あり。拳銃あり。
助手席・大剛原 結衣 。A型。18。免許あり(若葉)。
後部席・志津倉 美遥 。B型。18。免許あり(若葉)。
後部席・棘乃森 玲 。O型。18。免許あり(若葉)。
ハイブリッド・カー
運転席・風田 孝一 。AB型。31。免許あり。自動二輪免許あり。
助手席・沖船 由沙美 。A型。16。免許なし。
後部席・禄坊 太史 。O型。18。免許あり(若葉)。
後部席・速芝 隼人 。B型。12。免許なし。
後部席・沖船 奈津美 。AB型。12。免許なし。
「なんで自分自身の事も書いたの?」
隼人が風田に聞いた。
「誰かが転記したくなった時のために、ね。それに俺自身に何かあった時、このメモを見れば血液型が分かる」
後部座席の両側で寝ていたはずの
「おはよう」
叔父の
「ああ、叔父さん。おはよう」
返事をしながら助手席を見た。沖船姉妹の姉、
(寝ているのかな)
由沙美は下着姿のままだった。風邪を引かなきゃ良いけど、と隼人は心配した。
「えっと、禄坊さんと奈津美さんは?」
叔父に聞いてみる。
「さっき目覚めて、車外に出て行ったよ。たぶんトイレだろう。それか、顔でも洗っているのか。隼人くんも顔を洗って来いよ」
「わかった」
クルマの外に出た。
慣れない車中泊で体のあちこちが痛かった。伸びをして、筋肉をほぐす。
爽やかな朝だった。爽やかで……静かだ。
丘の上のキャンプ場。
二台のクルマに分乗して車中泊をした九人の男女。テントの中に髭面のライダー。それ以外に人間は居ない。
噛みつく人間も、噛みつかれて血を流す人間も、居ない。
トイレの方から大学生のお姉さんたちが三人
それぞれタイプは違うけど、
モデルみたいにスラリと手足が長く、それでいて胸とお尻には適度にボリュームのある女の人は、どうやら
パーカーにショートパンツの女の人は、一番気さくな感じがする。
ワンピース姿の女の人は清楚なお嬢さまといった感じだった。
「よう、少年」
ショートパンツの女の人が隼人に声をかけた。
「おはよう」
残りの二人が同時に言った。
「お、おはようございます」
何だがどぎまぎしてしまい、
女子大生たちは駐車しているクルマの前を通り過ぎ、駐車場の隅に設置されたソフトドリンクの自動販売機へ向かった。自販機は機能している
隼人も急に喉が渇いてきた。
でも……その前に……
「まずは小便だな」
男子トイレに向かった。
途中、沖船奈津美とすれ違った。互いに挨拶を交わす。
隼人は同級生の男子の平均よりも背が高かったが、奈津美は、その隼人と同じくらい身長がある。
ブラウスにジーンズ姿。スニーカー。ブラウスの胸の部分がほんのり膨らんでいる。
すれ違ったあと、クルマの方へ歩いて行く奈津美を振り返って見た。
ジーンズのお尻のあたりが、ふっくらと丸みを帯びていた。
(ブ、ブラジャーとか、もう付けているのかな?)
ブラウスの生地を通してストラップのラインが透けて見えないかと目を
男子便所に入ると、禄坊太史が洗面台で顔を洗っていた。洗顔のあと、太史は口を
(うわっ、公衆トイレの洗面台で口を漱いでいる)
一瞬、
ひょっとしたら、もう今までのような衛生的で文明化された生活は望めないんじゃないか。これからは不衛生な物もある程度受け入れていく
太史は最後に、たくし上げた自分自身のシャツで顔を拭き、便所から出て行った。
用を足し、太史の真似をして顔を洗い口を
風田が自販機で次から次へとドリンクを買っては、クルマの荷室に入れていた。
「何しているんですか?」
「ああ、ちょうど良かった」
風田が振り返って、財布から千円札を四枚と小銭をいくらか出し、隼人に渡した。
「このお金で自販機のジュースをできるだけ
「わかりました」
「俺は、
「……なるほど」
言われた通り、なるべく甘そうなジュースを買ってはクルマのトランクに入れ、買ってはトランクに入れ、を何度か繰り返していると、沖船奈津美が声をかけてきた。
「あ、あの」
隼人は振り返って少女を見た。
「え、えっと隼人……くん。手伝おうか?」
「え? 良いの? 助かるよ。じゃ、じゃあ、僕が自販機でジュースを買って渡すから、それをトランクに入れてくれるかな」
「うん」
ジュースを買ってクルマに載せる作業をしながら、奈津美が「なんで、甘いジュースばかり買うように言ったのかな」とつぶやいた。
「たぶん叔父さんは、食料が手に入らなかった時の事を考えているんだと思う。ジュースを飲めばエネルギーの補給が出来るからね。……テレビのニュースで『先進国では貧しい人ほど肥満が多い』って言ってたけど、今から思えば、貧しいなりに恵まれていたんだよ。先進国に住んでいるってだけでさ。肥満だ、ダイエットだ、なんて言ってられない時代が来るかもしれない」
そこで、ふと自分が、日本という国や文明社会そのものが失われた可能性を考えていることに気づいて、隼人はゾッとした。
女子大生の一人、大剛原の娘がハイブリッド・カーに近づいて来た。
「あなたのお姉さんに服を着せてやれ、って父さんに言われたんだけど……」
奈津美の顔を見て言った。
少女が隼人と女子大生の顔を見比べた。
「僕は大丈夫だよ」
隼人が言った。
「お姉さんの方を手伝ってあげてよ」
奈津美が
隼人が四千数百円分を自販機のペットボトルにつぎ込み、大剛原
風田が再びハイブリッド・カーを動かしてSUVの隣につける。
(
「さて……何とか無事に夜を過ごし、朝を迎えた訳だが」
大剛原が言った。
年長者でもあり、警察官でもあるという事で、暗黙のうちに大剛原が場を仕切る格好になった。
「問題は、これから
「大剛原さんは、どうするつもりですか?」
風田が聞いた。皆が大剛原に注目し、その答えを待つ。
「私は……F市の県警本部へ行こうと思う。この現象がN市だけの局地的なものという可能性もある。F市が無事で県警本部が機能していれば、その指示に従う……結衣、それで良いな?」
「私は……他に良い考えもないし、お父さんに従うわ」
「もし、F市も壊滅状態だったら?」
風田が重ねて聞いた。
「県警本部も、N市の警察署みたいになっていたら?」
大剛原がグッと
「そ、その時は……その時の事だ。情報の少ない中で、とりあえず出来る事をやるしかない。……そう言う君はどうなんだ? 風田くん?」
「俺は……俺と隼人くんには……もう、お互い以外に家族は居ません。俺たち二人きりです。正直、行く当ても
「叔父さんの言う通りで良いです。一緒に
隼人が言い終わると、禄坊太史が手を挙げた。
「あの、ぼ、僕、F市の大学生ですけど、実は市内の自宅から通っているんです。F市の家まで連れて行って下さい! お願いします!」
大剛原が
「ど、どうする?」
玲が美遥を見た。
美遥が、大剛原に言う。
「私たち、東京出身なんです。二人とも実家は東京にあります」
「東京かぁ……」
どうしたものかと大剛原が頭を
「私たちも連れて行って下さい!」
思い切ったように玲が言った。
「え? ちょ、ちょっと玲……」
戸惑ったような声を上げる美遥を無視して、玲が続ける。
「
「美遥くんも、それで良いのか?」
大剛原が念を押す。
「えっと……は、はい」
自信の無さそうな声で美遥が言った。
最後に皆の視線が奈津美に集まった。
「小学生の君に、こんな重大な判断を求めるのは
大剛原が奈津美に言い、ハイブリッド・カーの助手席で眠る由沙美を見た。
「お姉さんがあんな状態である以上、君たち姉妹の行動は君に決めてもらわなきゃならんのだ」
「あの……私たちも……東京に親戚が居ます。だから……い、一緒に連れて行って下さい」
言いながら、美遥と玲を見た。東京に実家のある美遥たちと行動を共にしたい、そう思っているのだろう。
「よし、じゃあ、決まりだな」
風田が言った。
「ここに居る全員、少なくともF市までは一緒に行く、って事で良いかい?」
皆が
「大剛原さん、出発前に改めて簡単に自己紹介でもしませんか?」
風田がポケットからメモを取り出した。
「全員の顔と名前を一致させておきたい」
「自己紹介か……よかろう。では私から……私は大剛原……」
「ああ、ちょっと、待ってください。
「血液型?」
「万が一、怪我をして病院に運び込まれたとき必要になるでしょう……病院が機能していれば、の話ですが。
メモ帳に何かを書き込みながら言う風田を見て、大剛原は内心、舌を巻いた。
(まったく抜け目の無いやつだ……)
「私は
それから全員が名前と年齢と血液型と免許の有無を順番に言い、風田がメモに書き留めた。
自己紹介が終わり、とりあえずF市までは行動を共にすると決めた九人の男女がSUVとハイブリッド・カーに分かれて乗り込む。
大剛原の運転するSUVが先導し、風田の運転するハイブリッド・カーが
出発直前、運転席でメモを確認する風田の肩越しに、隼人は即席の〈名簿〉が書かれたメモ帳を
SUV
運転席・
助手席・
後部席・
後部席・
ハイブリッド・カー
運転席・
助手席・
後部席・
後部席・
後部席・
「なんで自分自身の事も書いたの?」
隼人が風田に聞いた。
「誰かが転記したくなった時のために、ね。それに俺自身に何かあった時、このメモを見れば血液型が分かる」