ハーレム禁止の最強剣士!

館の女主人、スュンを信じる。

1、スュン

「その女の子、怪我しているみたいだね?」
 敷石の上に寝かされたスュンを見ながら屋敷の女主人が言った。
 ヴェルクゴンがスュンをかばうように位置を変えて立つ。
「お前には、関係ないことだ」
 ヴェルクゴンの声に少し苛立いらだちが混じる。
「それに、もう治った。私の魔法でな。……彼女が目覚めたら、すぐに出ていく。もう邪魔はするな」
「全く、エルフってやつは……何だい? その言い草は。気を失っているってことは、まだ完治していないって事でしょう? それに、たとえ体が治っていたとしても、そんな胸を切り裂かれたような服で歩き回るつもり?」
 ヴェルクゴンは痛い所を突かれる。
「この辺りに住んでいる男どもに取っちゃ、良い見せ物でしょうよ。胸をはだけたダーク・エルフの娘なんて、そうそう滅多にお目にかかれる代物じゃないわ」
「何が言いたい?」
 エルフが聞く。声に含まれる苛立いらだちが、さらに増している。
「その少女のためにも、黙って私の言うことを聞きな、って言ってるのさ」
 ……その時……
「うう……」
 後ろに横たわっていたスュンがうめいた。
 頭を抱えながら上半身を起こす。
 ヴェルクゴンは、ばね式げナイフを向けられていることも忘れて、後ろを振りかえりスュンを見た。
 意識が戻っている事を確認して彼女の側へ寄り添い、片膝をつく。
「大丈夫か」
「あ……頭が……痛い」
「気分が落ちつくまで、じっとしていろ」
「やれやれ……ここは私の庭よ? 『気分が落ちつくまで、じっとしていろ』とか、何、他人ひとで勝手に言ってんの?」
 いつの間に間合まあいを詰めたのか、ヴェルクゴンの直ぐ後ろから女主人の非難する声が聞こえた。
 とっさに敷石の上に置いてあったスュンの銀剣を手に取り、ヴェルクゴンが振り返る。
 振り向きざま水平に振った銀剣を、女主人は剣を収めたさやを地面に突きたてるようにして防いだ。
 カンッ!
 銀剣と木の鞘がぶつかる音が響く。
「エルフの魔法がなんぼの物かは知らないけど、その剣筋じゃ、この辺りに住む悪ガキにも勝てないね」
 言いながら女主人はスュンの方へ顔を向ける。
「お嬢ちゃん、胸、胸!」
 スュンの破れた皮鎧に目線を送り(胸を隠せ)と合図。
 はっ、となって、慌てて皮鎧を下から支えるようにして両腕で胸を隠すスュン。
 気まずそうに視線をらすヴェルクゴン。
 今度は、女主人のほうがエルフの男を笑う番だった。
「あはは。決まりだね? エルフの旦那? 私に黙って、勝手に屋敷を出ることは許さないよ? 許可も無く勝手にこの庭に入ってきたんだ。せめて出るときは玄関からにしなよ。あんたら、いけすかない所もあるけど、悪い奴じゃなさそうだ。特に、そっちのお嬢ちゃん……」
 スュンと女主人の目が合う。
「私は、こう見えてもを見る目だけはあるんだ。一目ひとめで分かったよ。お嬢ちゃん、あんた、良いだ。それも飛び切りのね。真っ直ぐで、純粋で、そして優しい」
「そ……そんな、私は……」
 スュンが照れたようにうつむく。
「人間を見る目があると言われてもな。我々は、人間では無いぞ」
 ヴェルクゴンが反論する。
「同じだよ。人間もエルフも、心の有りようなんてものはさ」
「……」
「とにかく、その破れちゃった衣装を何とかしないとね? お嬢ちゃん、胸周りは、いくつだい? それと乳下ちちした周りも」
「え? あ、あの……」
「……ああ、こんなムッツリっぽい男の前じゃ言えないか」
 女主人は歩いてスュンの隣まで行き、そのまましゃがみ込む。
 スュンを挟んで左右にヴェルクゴンと女主人が膝を突いた格好だ。
 ヴェルクゴンも、もはや女主人を警戒をすることを忘れていた。
 女主人はスュンの口元に自分の耳を持っていく。
「ごにょ、ごにょ、ごにょ」
「ふんふん……。へぇーえ? あんた、ぱっと見、華奢きゃしゃなようでいて、けっこうんだねぇ? いわゆる『着やせするタイプ』って奴かい? そういうの、男は一番よろこぶよ、なーんてね。……じゃあ、そういう事で……」
 女主人が立ち上がる。
「二人とも中に入りな。喉も乾いているんじゃない? 飲物ぐらい、ご馳走してあげるわ」
 さっさと玄関の方へ歩いていく。
 二人のエルフは「どうする?」という風に顔を見合わせた。
「……行きましょう」
 先に言ったのはスュンだった。
「そうか。スュンが良いのなら、私は構わんが……」
 スュンが立ち上がろうとして、よろめく。
 ヴェルクゴンが肩を支えた。
「大丈夫か?」
「ああ……すまない。……それと……この場所まで運んでくれて、手当をしてくれた事も……ありがとう。……神経毒、中和してくれたんでしょう?」
「それは、お互い様だろう」
「まあ、そうだけれど。……あの時は、ああするのが最良の選択だと思えた。だから実行したまでだ。……私は全身が痺れていたけど、どうにか『痛みを止める』魔法くらいなら出来そうな気がした。一方、ヴェルクゴンが同じように潜冥蠍せんめいかつの攻撃を受け、痛みで集中力を欠いて魔法が使えなくなってるようだと、何となく理解してもいた。潜冥蠍せんめいかつを拘束しているのは、ヴェルクゴンの魔法。それが消滅してしまえば、私たちに勝ち目は無かった。『治癒魔法は自分自身には作用しない』……この絶対法則がある以上、私がヴェルクゴンを治して魔法を使えるようにするか、ヴェルクゴンが私を治して魔法を使えるようにするか。二つに一つ。『可能性』と『危機回避』と『優先順位』……考えなくとも、答えは決まっていた。……少なくとも私の中では」
「……そうか」
 エルフとしては完璧な答えだ。
 しかし隣に立つ美少女の、その完璧な答えに、ヴェルクゴンは何故なぜか失望感を覚えた。
 何とか歩いて屋敷の玄関まで行くと、女主人が扉を開けて待っていた。
「さあ、中に」
 まずは客間に通される。
 女主人は、どこか別の部屋に行ってしまった。
 彼女が帰って来たとき手にしていたのは、右手に陶器製のカップが二個乗った盆。
 左手には、皮鎧。
 かなりの上物の、しかし全く実戦向きではない革製の胸当てだった。
 装飾がやけに多い。
 テーブルにカップの乗った盆を置きながら言う。
「喉かわいてるだろ? 飲みなよ。……私はね、こう見えて剣女けんじょだったのさ。もう、とっくの昔に足を洗ったけどね」
 そう言って、スュンに向けて皮鎧を持ち上げてみせる。
「これは私が現役時代に命を救ってやった大金持ちの旦那が、引退するとき記念品に、ってれた品さ。見てみな? エングレーブはもちろん、止め鋲からバックルに至るまで、全部純金、もしくは純銀だ。……つまり」
「エルフの私でも装着できる?」
「そういう事。さあ、隣の部屋に来な。付けるの手伝ってやるよ」
「待って。いいのか? そんな大事な品を私に……」
「だれが『くれてやる』って言った? 貸してやるだけさ。なんか、あんたら面倒事に巻き込まれているみたいだけど、それが落ち着いたら必ず返しにきなよ?」
「我々が返しに来るという保証は、どこにある?」
 スュンが何か言いたそうなのをさえぎって、ヴェルクゴンが女主人に問いかける。
「信用貸しに決まってんだろ。あんたじゃないよ。そっちのお嬢ちゃんを信用してんのさ」
「スュン、気をつけろよ。どうも胡散臭いぞ。話が上手うますぎる」
「チッ! どこまでも私をイライラさせる男だね。さあ、お嬢ちゃん? どっちにするんだい」
 エルフの少女は、女主人とヴェルクゴンを何度か交互に見たあと、最後に女主人に向かって言った。
「ありがとう」
「決まりだね。さあ、となりの部屋へいらっしゃい」

 * * *

 しばらくして、スュンが客間に帰ってきた。
 胸に装備しているのは、女主人の胸鎧。
 女主人の方は、逆にボロボロになったスュンの胸鎧を持っている。
「私も……今でこそ、いろんな所にお肉が付いちゃってるけどね。これを頂いた頃は、まだ腹まわりだってこのお嬢ちゃんくらいだったのさ。まあ、胸周りは当時から、私の方が大きかったみたいだね。乳下ちちしたまわりはほとんど同じだ。つまり、昔の私の方が、ちょっとだけ『めりはり』の効いた体だったわけだ。どうだい?」
「少し、ぶかぶかする……」
「だろうね。なんとか、なりそうかい?」
 エルフの少女がうなづく。
「本当に、良いのか?」
「だから、れてやるんじゃない。貸すだけだ、って言ってるだろ? 良いんだよ。信用してるよ。いつか返しに来るのを待っている、って。……それにね」
 そう言って、さっきまでスュンが付けていたボロボロの皮鎧を持ち上げて見せる。
「代わりに、これは私が預かっとくよ」
「そんな……そんなに裂けてしまっては、もう実用にならないでは……」
「実用で言ったら確かにゴミ箱行きの代物だけど、コレさ」
 女主人が、鎧の補強金具を指でピンッ、とはじく。
「これ金属の部分は、みんな銀製だろ? それも純銀」
「そうだけれど……金や銀の使用量で言ったら、今、私が身に着けている鎧の方が……」
「それが、違うんだなぁ。お嬢ちゃん、これ全部、魔法をかけてあるだろう? 金属硬化魔法とか何とか言う……」
 そこでヴェルクゴンが口を出す。
「一般的言って、金、銀、プラチナなどの貴金属類は、鉄などの卑金属より硬度が劣から、な。……一方で、我々エルフは装飾品だけでなく、実用品全てを貴金属でまかなわなければならない。それこそ釘一本に至るまで、だ。……だから我々の使う金属性の道具には全て、硬化魔法処理がほどこされているのだ」
「で、その、エルフ様にとっては当たり前の処理を施された道具類が、私たち人間にとっては、と~っても貴重なんだなぁ。そういう処理を施された金や銀ってエルフ自身が使うための物だから、人間に売ったりなんて、あんまりしないでしょ?」
「まあな」
「つまり、魔法をかけた貴金属は人間界の市場に出回る量が極端に少なくて、通常の金銀プラチナよりプレミアムが付くのよ。エルフが使っていた、ってだけで、ありがたがる人間もいるしね。どこだかの都市国家で、小っちゃな銀製の果物ナイフ一本が金貨百枚で落札されたって話も聞いたわ。……ま、そんなこんなで……どんなにボロボロだろうと、エルフ様ご愛用のこの皮鎧は、質種しちぐさとしては、超一級品ってわけ」
 そこで、女主人、スュンの鎧の裏側に鼻を近づける。
「それに、人間世界には蒐集家コレクターっていう、けったいな種族がいるのさ。私も昔、剣女をやっていた縁で、武具コレクターとかいう金持ち連中に会ったことがあるけど、連中が言うには、多少、刀傷があったり、返り血で汚れていた方が『リアル』で良いんだってさ。……この鎧、かなり使い込んでるでしょ? 汗の匂いがバッチリ染み込んでいるわ。ダーク・エルフの美少女が使い込んだ『おっぱいから染み出た汗の匂い付き皮鎧』なんて言ったら、もう、金持ちの変態じいさん、泣いて喜ぶわ」
 さすがに、スュンが引く。
 し過ぎたと思ったのか、女主人がゴホンッ、と、わざとらしく咳をして言った。
「ま、冗談は、さておき。この話は、担保価値も含めて、私にとっても十分計算の合う貸し付けだってこと」
「そうか……それなら……」
 その後、三人そろって玄関を出て門に向かった。
 鉄の門扉はエルフでは開けられない。
 女主人が開けてやる。
「じゃあね」
「……いろいろと、ありがとう」
 小さな声で、スュンが言う。
 ヴェルクゴンは、人間なぞに頭を下げられるか、といった風情ふぜいで、あさっての方向に顔を向けている。
 女主人が、真顔で言った。
「さっきは、ああ言ったけど、その鎧、私にとっては大事な記念品なの。つまり、お金には換えられないって事。必ず、返しに来てね」
「かならず返しに来ます」
「それから、もう一つ。今更いまさらだけど、あなたのその恰好、つまり剣女けんじょってことでいい?」
 スュンがうなづく。
「エルフにも剣女けんじょなんて身分があるとは、ねぇ……」
「……」
「生き残りなさいよ」
 再び、スュンが頷いた。
 門を閉め、女主人は屋敷に向かって歩き出す。
 エルフの二人は、生け垣に沿って歩き出した。
「さて、これからどうするか……」
 ヴェルクゴンがつぶやく。
「エルフのおきて……家族の、エリクの仇を討とう」
 スュンが答えた。
 ヴェルクゴンも同意する。
「……そうだな。スュンは、聴覚拡張の魔法は使えるのか?」
「どちらかというと、得意な方だと思う」
「人間世界にはな、食堂と言って、金と料理を交換する場所があるのだ」
「知っている。けれど、人間の料理は私たちには食べられないでしょう?」
「なに、どこか静かな店で茶の一杯ぐらいも注文しておけばいいさ。とにかく、どこかに落ち着くのが良い」
「ヴェルクゴンは人間が使う金貨や銀貨の手持ちがあるのか?」
 エルフの社会には貨幣と言う概念は存在しなかった。
 かろうじて人間との交易においてのみ、便宜的に人間の作った金貨や銀貨を使用するだけだ。
「心配するな。偶然にも今日の午後、人間どもを相手にちょっとした買い物をしようと思っていたからな。……まあ、どうやら、それも流れてしまいそうだが……とにかく、ここに」
 そう言って、ふところに手を当てる。
「金貨と銀貨、いくらか持ち合わせている」
「そうか。それなら良かった。人間社会は何につけ、おかねがモノをいう場所だって聞くし」
「さっきの女も、やけに金貨だ銀貨だ言ってたな。そのわりに、気前よくスュンに代替の品を貸したが」
「……そういえば……名前を聞いていなかったな。逆に私たちの名前も聞かれなかった」
 ヴェルクゴンとスュンが「デモンズ」に向かっている頃、館の女主人は、自分の寝室で一人もの思いにふけっていた。
 棚の上に置いてあった動物のぬいぐるみを手にする。
 いかにも幼い女の子が好みそうなぬいぐるみだった。
「……生きていれば、あのエルフの少女くらいのとしごろ……か」
 自分を抑えきれず、ぬいぐるみをギュッと抱きしめる。
「……アウレリエ……」
 女の頬を涙が伝い落ちた。