リビング・デッド、リビング・リビング・リビング

発生。(その14)

(まただ……また、あの夢だ)
 夢の中には二人の自分が居た。
 夢の中で小学四年生に戻っている自分。そして、その自分を上から見つめているもう一人の自分。
 秋。夕暮れの記憶。
 小学四年生の自分は、夕日に赤く染まる公園でブランコに乗っている。
 隣のブランコに、が座っていた。
 やんちゃな顔に、澄んだ黒い瞳。
 あごに小さな傷がある。
 小さいころ、裏山から滑り落ちてとがった石にぶつけたと言っていた。
 その日の少年は、何か思いつめている風だった。
 何かを言いたいけど、言いたくない……そんな表情だ。
明日あした……」
 少年が言った。
「明日、転校するんだ」
 突然の言葉だった。
「そんな……」
 泣きそうになるのをこらえて、小学生の自分が少年を見た。
 少年が続けた。
「でも……でも、いつか……大人になったら、必ず会いに来る」
 涙をめた自分の目を少年が見返している。
「何年先かは分からないけど、必ずもう一度、会いに来るよ」
 少年は、強く真剣な眼差しで、自分の瞳を見つめて言った。

 * * *

 金曜。夕方。N市内の私立○○大学
 大学敷地内の女子寮の玄関先で、一人の女子学生が誰かを待っていた。
 膝丈のワンピースにスニーカー、春物のジャケット。ハンドバッグ。
 大学正門の方から別の女学生が歩いて来るのが見えた。Tシャツの上にパーカー、ショートパンツ、スニーカー。
「ええ! 美遥みはる、その格好で行くの?」
 パーカーの女子学生が、ワンピースの女子学生に向かって言った。
「だ、駄目かなぁ……わ、私、ラ、ライブとか初めてだし……何着て行ったら良いか、分からなかったものだから……」
 美遥と呼ばれたワンピースの少女が、自分の服を見下ろす。
「いやぁ……さすがにライブにワンピースは有りえんわ……」
 パーカーにショートパンツの少女が頭をいた。
「き、着替えてこようか……ジ、ジーンズとかに……」
「まあ、良いわ。その格好で良いよ。早く行こう。彼、待たされるの嫌いだし」
 心の中で(恥をかくのは、どうせ美遥だし)と付け加える。
「彼? 今日は女の子四人でライブに行くはずじゃあ……」
「え? 私、今、そんなこと言ったっけ? と、とにかく時間が無いから、早く行こうよ」
 パーカーの少女は、ワンピースの少女を半ば強引に説得して、広いキャンパスを横切り大学正門まで連れて行った。
 正門を出た通りに、洒落しゃれたデザインのヨーロッパ製ハッチバックが停車していた。
 二人が近づいて行くと、中から二人の男が出てきた。
 運転席から出てきたのは背の高い長髪の学生。一見ラフな格好に見えるが、着ている物一つ一つを良く見れば、それが有名ブランドのカジュアル・ライン商品だと分かる。どこから見てもお金持ちの爽やか系男子大学生といった感じだが、見せかけの爽やかさの下から嫌らしい欲望が見え隠れしていた。
 後部座席から出てきたのも大学生だった。運転席の男より背が低く、やや太り気味の体形だ。
 二人とも顔を赤くして口元を緩めながら、美遥みはると呼ばれた少女の顔を見つめていた。
れい……女の子四人のはずじゃあ……」
 男たちの視線を痛く感じながら、美遥が小声で友人に言った。
「今さらそんなこと、どっちでも良いじゃない。チケットを四人分確保してくれたのはシンジなのよっ。彼氏の前で、私に恥かかせないで」
 玲と呼ばれた少女が小声で返す。自分の彼氏も含めて、男たちの視線を美遥が独占しているのが気に入らなかった。
「ここからF市の市民ホールまで一時間三十分近くかかる。早く出発しよう」
 運転手役の男子学生が言った。
「さあ、美遥も覚悟を決めて、乗った、乗った」
 言いながら、玲は友人の美遥を後部座席に押し込んだ。
 釈然としないながらも、今さら辞退するわけにもいかず、美遥は太り気味の男子学生の横に座った。
 玲が後部ドアを閉め、自分は助手席に座り「さあ、出発進行!」と、おどけた調子で言った。
 ヨーロッパ製の小粋なハッチバックが走り出した。
「……しっかし、玲の友達にこんな美少女が居たなんてなぁ……」
 ハンドルを握りながら、長髪の大学生が言った。
「玲と違って、おしとやかで清純な感じだし……」
「それ、どういう意味よ」
「いやいや、もちろん、玲には玲の魅力があるよ」
「そりゃ、どうも。取って付けたように言わなくても良いよ。別に」
「そんな、すねるなよ」
「清純派も良いけどね。世間知らずは困るわ。まさかワンピースでライブとは、ねぇ……」
「ご、ごめん」
「まあ、まあ、良いじゃないか。ワンピースじゃライブに行けないっていうのなら、チケットなんか破いてしまってみんなで晩ご飯食べたって良いんだぜ」
「あれ? 私には、チケットを取るのにどれだけ苦労したかを恩着せがましく長々と言ってたくせに、何、その差別待遇……」
「そんなんじゃないって。そんなひがむなよ」
ひがんでません」
「あ、あのぉ、ここらで、じ、自己紹介でもしないか?」
 後部座席の太り気味の学生が言った。
「良いね。じゃあ、俺から。ハンドルを握るわたくし小洒落こじゃれたヨーロッパ車のオーナーにして、自称『ちょっと金持ちの息子』須久爾すぐにシンジです。F市の大学一年生です。よろしく! はい、次、禄坊ろくぼう
「え、ええっと、禄坊ろくぼう太史ふとしです。別に金持ちでも何でもない、普通の大学生です。シンジと同じF市の大学一年生です」
「はい、次は玲さん、どうぞ」
 シンジが助手席に向かって言った。
棘乃森とげのもりれいでーす。N市に住む大学一年生でーす。『ちょっと金持ちの息子』シンジ君の彼女やってまーす。……大事な事なので、二回言いまーす! 『ちょっと金持ちの息子』シンジ君の彼女でーす」
「はい、ラストは……ええっと……」
美遥みはるよ」
 助手席のれいが、運転手の彼氏に助け船を出す。
「はい、美遥さん、どうぞ」
「し、志津倉しづくら美遥です。玲さんと同じ大学に通っています。い、一年生です」
「くー、可愛い! その、たどたどしさが、可愛い!」
「チッ」
 運転をする彼氏の冗談だか本気だか分からない言葉に、助手席の彼女が小さく舌打ちをした。
志津倉しづくらさんって、確か大学だけじゃなくて高校も玲と同じなんだよね?」
 運転手のシンジがルーム・ミラー越し美遥の顔を見ながら言った。
「はい」
「っていう事は、当然、東京出身?」
「はい。そうです」
「東京にも居るんだねぇ……こんな物静かな美少女が」
「さっきから、お淑やかだの、物静かだの、清純派だの……君たち女に対して夢を見過ぎですね」
 玲が言った。
「こうなったら暴露しちゃうけど、後ろに御座おわす美少女、美遥嬢はねぇ……『白馬の王子さま症候群』なのよ」
「白馬の王子さま症候群?」
 シンジが聞き返す。
「何だ、そりゃ?」
「小学四年生の時にね、好きな男の子が居たんだって」
「ちょ、ちょっと玲……」
「小学校四年生にもなれば、そりゃ好きな異性の一人や二人ぐらい居るだろ。俺なんか、その頃からバレンタインには山ほどのチョコ貰ってたぜ」
「まあ、良いから最後まで聞きなさい。……でね、ある日、男の子が美遥を公園に連れ出して、突然『明日あした、転校することになった』って言ったんだってさ」
「やめて、玲……」
「ええ? 突然、明日かい?」
「……そう。そうして『いつか、必ず君の所へ帰って来る』って言ったんだって」
「その小学四年生の男の子が忘れられないって事? その子を待ち続けてるの? 大学生になった今でも?」
「それで『白馬の王子さま症候群』ってわけか……」
 後部座席の太り気味の学生……禄坊ろくぼう太史ふとしが言った。
「そうよ。でも話はこれだけじゃないのよ。最後にちょっとした『オチ』があってさ」
「玲!」
「その『明日あした、転校する』って言った少年、転校しなかったのよ。……いや、出来なかった、って言うべきかな」
「翌日に転校できなかった? 何で?」
「何でかって言うと……なの」
 洒落たヨーロッパ車の室内に、急に重い湿った空気が漂った。
「しかも、ね。あとで分かった事なんだけど、その少年の家族には、引っ越す予定なんか全然無かったのよ」
「引っ越す予定が無かった……つまり、少年が翌日に転校する予定なんて、最初から無かった……と」
 運転席のシンジが言った。
「……そうよ。少年は、ありもしない翌日の転校話を美遥に告げて、翌日、行方不明になってしまった……って訳」
「ま……まさか、志津倉しづくらさんは大学生になった今でも、その行方不明になった少年を待ち続けている、って言うんじゃないだろうな?」
「その『まさか』よ。行方不明になった少年の『いつか、必ず君の所へ帰って来る』っていう言葉を今でも信じているの」
「うーむ……」
 シンジがうなった。
 後部座席の禄坊太史がおそるおそるとなりを見ると、志津倉美遥は顔を下に向け、自分の両手を見つめていた。
 膝の上にせた両手は、関節が白くなるほど強く握られていた。