玄夢集

串刺し男(その4)

「今度の日曜日、串刺し男を探しに行かねぇか?」
「行かねぇか? テツオも満更まんざら興味が無いわけでもなかろう?」
 今から五日前、母校にふらりとやって来た卒業生の山村先輩と重本先輩は、僕(テツオ)を文芸部部室の隅に連れて行くと、首根っこに手を回し左右両方の耳元でささやいた。
「はあ……串刺し男……ですか」
 突然現れた卒業生(かつ、同じ文芸部の元先輩)に言われて、僕は、どう答えて良いか分からず、曖昧あいまいな笑みと曖昧な返事でお茶を濁した。
「ここだけの話だがな……」
 山村先輩が続けた。
「串刺し男の潜伏場所に関する有力な情報を手に入れたんだ……警察だって知らない話だ……え? 情報の出所でどころ何処どこかって? それは言えないな。まあ、ちょっと危ないルートなもんで、な」
 先輩が言うには、僕の住んでいるまちから一般道を自動車くるまで数時間走った先にあるT町の山側にあるW地区……かつてはW村という独立した行政区で、今は誰も住んでいない廃村……に、その〈串刺し男〉は潜伏しているらしい。
「……で、俺たちは、その〈串刺し男〉を探しに、旧W村に行くことにしたのさ」
「さ、探す……って……探してどうするつもりですか?」
 僕の問いかけに、重本先輩が答えた。
「俺、大学に入ってからブログ始めたんだ。主にホラー映画の感想とか怪談とか都市伝説とかを扱ったブログだ……で、そのブログに『旧W村にドライブに行きました』という記事を書く。もちろん〈串刺し男〉の情報うんぬんの話は無しだ……もし幸運ラッキーにも本当に〈串刺し男〉に出会ったら……偶然に見つけた風な記事と写真をアップロードする……すげぇ事になるぜ。俺は一躍有名ブロガーの仲間入りさ……まあでも、猟奇殺人鬼に会えなかったとしても、よくある廃墟探訪記の一種として、そこそこの記事は書ける。ブログのネタとしちゃ悪くない」
「ラ、ラッキー……って……有名人じゃないんですから……」
「ある種の有名人だろ。連続猟奇殺人鬼なんて、さ……何であれ、お目に掛かれて証拠写真の一枚も撮らせてもらえれば、こんな光栄な事はない」
「……そんな……危ないでしょう……」
「大丈夫だって……俺、ブログ始めるときに奮発して一眼デジカメと望遠レンズ買ったからさ。殺人鬼を見つけたら、遠くからパシャパシャ撮って、サッサと自動車くるまで逃げれば良い」
「……」
「心配すんなよ。本当の事を言えば、俺自身、殺人鬼に出会う確率なんて百分の一も無いと思っているよ。まあ、遊びよ、遊び……肝試しみたいなもんよ。テツオだって、ホラー小説好きのはしくれなら、こういう『怖いもの見たさ』系の遊び、まんざら嫌いでもないだろ?」
「はあ……まあ……」
 確かに重本先輩の言うとおり、僕は次第に旧W村とやらに興味を持ち始めていた。
 過疎化の果てに誰も住まなくなった廃墟の村へ行く……なかなかに冒険心をくすぐられる話だ。
 さすがに連続猟奇殺人鬼が潜伏しているという先輩の話は眉唾まゆつばだと思っていたけど、心霊スポットの『いわく』と同じで、そういうストーリーがあった方が、ただ意味も無く廃村へドライブに行くというより、ゾクゾクして面白い。
「よし……決まった! テツオも一緒に行くって事で良いな!」
 先輩たちの誘いを断り切れず、なかば強引に、半ば僕自身の興味から、彼らの廃村探訪に付き合う事になってしまった。
「……ところでさぁ……彼女も誘ってくれないかなぁ……」
 山村先般が、部室の反対側をチラリと見たあと、僕の耳元でささやいた。
 振り返って、その視線の先を見ると、カナミさんが少し暗い顔をして、ジッと僕らの方を見ていた。
「彼女って……カ、カナミさんの事ですか?」
 僕が確認すると、山村先輩は「そう……その通り」とうなづいた。
「なんで、彼女を? ……彼女、ホラーとか苦手ですよ。誰も居ない山奥の廃村なんて行くわけが……」
「大丈夫だって! お前が誘えば来てくれるよ」
「ぼ、僕が誘えば? なんで、僕が誘ったらカナミさんがOKしてくれるんスか?」
 僕が聞き返すと、山村先輩と重本先輩は、互いに顔を見合わせて「ヘッヘッヘッ」と低く笑った。
 なんとも品の無い笑い顔と声だった。
「……テツオ……お前、ホント、鈍感なのな……」
 重本先輩が僕の肩を揺さぶりながら、ちょっと馬鹿にしたように言った。
「まあ良いや……とにかくテツオが誠意をもって一生懸命説得すれば、彼女も必ず『ウン』って言ってくれるさ」
「その通り。大丈夫だって……がんばって説得してみろよ。俺たちと四人でドライブに行こう、ってな」
 そして最後に、二人の先輩は「頼んだぜ」と言い残し、母校の部室から出て行った。
「まいったな……」
 僕は頭を掻きながら部室を出て行く先輩たちを見送った。
 この学校に入学した時からずっとカナミさんのことが好きだったけど、彼女をデートに誘うなんて、臆病者の僕に出来るはずもなかった。
 その臆病者の僕が、よりによって「カナミさんをドライブに誘う」などという大役を仰せつかるとは……
(いや……待てよ……)
 これはなんじゃないか、と、ふと思った。
(カナミさんを誘うのは、山村先輩と重本先輩に命令されたからだ……表面上、僕は先輩たちの伝達係でしかない……それに四人グループで遊びに行くだけの話だ……二人きりのデートに誘ってる訳でもない……たとえ断られても気まずくない……)
 あくまで『先輩たちから言われた』という体裁ていさいにすれば、カナミさんに断られても僕は傷つかないで済む……彼女のOKが貰えれば、四人グループとはいえ一緒に遊べて、次への展望も開ける……つまり、失うものは何もなく、得るものは大きい……そう計算した僕は「駄目で元々もともと」と思い切って、カナミさんを誘ってみる事にした。
 とはいえ、成功する確率はゼロに近いだろうな、とも思っていた。
 ……意外にも、カナミさんは少しだけ迷った素振そぶりを見せたあと、「ウン」とうなづいた。