放浪剣士ゾル・ギフィウスと仮面の妖魔

2-1、街道商人

 都市デクレスと都市リイドを結ぶ森の街道を、一台の幌付き荷馬車がリイド方向へ進んでいた。
 御者台に深緑色のコートを着た髭面ひげづらの男が一人。年齢としは三十代半ばといった所か。
 男の、横に広がった特徴的な形の鼻の頭にポツリと冷たい物がれた。
 天を見上げると、霧の中から小さな白い粒が男の顔にいくつも落ちてきた。
「どうりで寒いと思ったら……」
 初雪だ。

 ふところから小さな水晶板を出して、てのひらの上にせた。
 特殊な屈折率を持つその水晶体は、曇り空の下でも濃い霧の中でも、雨が降ろうが雪が降ろうが、日中であれば内部に影を作って時間を教えてくれる。
 日暮れまであと二時間。
 それまでには目的の町に到着するだろう。
 ……人の居ない、廃墟の町に……

 都市デクレスと都市リイドのあいだには、新旧二つの街道ルートがあった。
 当然、新街道のほうが道幅が広く、よく整備されていた。道程みちのりも新街道のほうが近い。荷馬車の速度で新街道なら一泊二日、旧街道を通れば二泊三日は掛かる。
 ならば旅人は皆、新街道を利用すれば良いようなものだが、あやかしの霧が大陸を覆って以来二十年、新道を通るものはほとんどどいなかった。

 宿……それが理由だ。

 古い街道には、古い宿場町がポツリポツリと点在し、どの町もほりと簡単なへいで囲まれ、堀の水には定期的に魔法水が滴下されていた。つまり旧道沿いの宿場町は、夜に現れる妖魔に対し防御策が講じられ、住民も旅人も安心して眠りにつくことが出来た。

 対し、新道には、妖魔から人々を守ってくれる町が一つも無かった。
 かつては一つだけ旅人をめる宿場があったのだが、対妖魔防御策の確立を待たずに滅んでしまった。今はその廃墟が霧の中に沈んでいるだけだ。

 となれば、都市デクレスと都市リイドを行き来する者は、遠回りでも安全な旧道を通るしかない。

 新道を通るのは、情報収集をおこたった余所者よそものか、「夜の森で妖魔に会わない確率」に賭けた命知らずくらいだった。
 ……では、今、荷馬車を操るこの髭面ひげづらの男は、馬鹿か命知らずのどちらかという事だろうか。

 * * *

 やがて、髭面ひげづらの男が乗る馬車の前方、薄い霧の向こうに、木の板塀に囲まれた町の影が現れた。
 都市デクレスと都市リイドを結ぶ新街道唯一の宿場町トゥク……いや、正確には「かつてトゥクと呼ばれた町の廃墟」だ。
 操る者の居なくなった跳ね橋を渡り、開けっ放し城門を抜けて、あるじを失った家々の間を、荷馬車がゆっくりと進む。
 誰も居ない町に、ひづめと車輪の音が響く。
 大通りを通って町の中心部にある広場まで来ると、男は馬の鼻先を北に向けて、大通りよりはやや細い道を、奥へ奥へと進んだ。