ハーレム禁止の最強剣士!

ローランド、怪物の足元でアラツグとメルセデスに問う。

1、ローランド

「だから言っただろう? 一見の価値ありだって」
 ローランドが満足げに言った。
 台座の周囲に巡らされた柵ギリギリの場所まで行って心底感動した顔で怪物の像を見上げ、しきりに「すごい、すごい」とつぶやいているアラツグを横目で見ながら、ローランドは要らぬ薀蓄うんちくを友人に聞かせる。
「美術品としての価値に加えて、三千年前の遺跡から無傷で発掘されたっていう歴史的価値もあるからな。両方合わせるとあまりに大きすぎて鑑定不可能なんだとさ……目利きの鑑定士や高名な学者でさえ怖がって値段を付けようとしないって話だ。まあサミア金貨に換算して数百万枚は下らないだろうな……あるいは数千万枚か……もっとも所有者であるとしても、金貨を何万枚詰まれた所で売る気なんて無いが……」
 ローランドの言葉にアラツグが興ざめ顔で返す。
「古代のロマンを前に下世話な話をするなよ。何でもかねに結び付けるのは、お前の悪い癖だぞ」
「金の亡者で悪かったな。金勘定かねかんじょうは我がブルーシールド一族のさがってやつでね」
「それに、お前、さっき変な事言わなかったか? 『俺らとしても売る気は無い』とか何とか……それじゃ、まるでこのグリフォン像がお前の所有物みたいじゃないか」
。正確には『ブルーシールド財団の』所有物だ。百年前にこの像を発掘したのが財団の前身である『ブル-シールド商会学芸振興部』でね。今でも所有権は財団うちにある。サミア公立博物館は管理を任されているだけさ。その気になれば、問答無用でグリフォン像を博物館から取りあげて、俺んの玄関前に飾る事だって出来るんだぜ」
「はああ……かくも強きかねの力、か……夢もロマンも有ったもんじゃねぇな……なんか興奮が冷めちゃったよ。聞かなきゃ良かった」
 め息をくアラツグに、ローランドが真顔でたずねた。
「そんな事より、アラツグ……お前、この像を見て何か感じないか?」
「だから、さっきから『すげぇ感動した』って言っているだろう」
「いや、そういう事じゃなくて、だな……」
 急に言葉を濁したローランドを見て、アラツグが首をかしげる。
「何だよ? 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「つ、つまり、だな……何か、こう、ビビっと来るものが無いか、って、事だ……例えば……その……ぜ、前世からの記憶? みたいな……」
「はぁ? 前世からの記憶だぁ? お前よくそんなアホらしい事を真顔で言えるな。大丈夫かよ。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃなのか?」
「ああ。そうだな……言いながら俺自身バカバカしいと思ったよ……忘れてくれ。恥ずかしさで顔から火が出そうだ」
「お前……まさか変なカルト宗教に入れあげてんのか? 最近、何かって言うと英雄がどうの、前世がこうの、って……」
「そんな訳ないだろ」
 そう言って、今度はローランドが「はあ」とめ息をいた。
「そうか、グリフォン像を前にしても何も感じないか……何かのけになればと思ったんだが……やはり〈武器〉が無けりゃ〈けもの〉たちとは交信できないって事か……」
「武器? けもの? そりゃ何の話だ?」
「さっきは『グリフォン像の所有者は財団おれらだ』って言ったが……ありゃあ、嘘だ。財団おれらこそ三千年のあいだ管理を任されただけの存在さ。グリフォンこいつの真の所有者は、お前……」
 その時、重い木製の扉を開け閉めする音が館内に響いた。
 ローランドとアラツグがそろって後ろを振り返ると、メルセデスが東館に入って来るところだった。
「おっと、婚約者さまの御出おでましだ。メルセデスのご機嫌をうかがわなきゃ……アラツグ、ちょっと一人でグリフォン像をながめていてくれ」
 ローランドが入り口に向かいながら言った。
「台座の周囲をぐるりと回ってグリフォン全体を見てみろよ。益々ますます感動するぜ」

2、メルセデス

「先にお入りください。私は警備の者らと少々話がありますので……」
 重いなら材の扉を開けながら、ハンス・ゾイレがフリューリンク家の令嬢に言った。
「それでは、お先に」
 メルセデスは軽く微笑んで、東館グリフォン展示ホールの中に入った。
 昼下がりの陽光が燦々さんさんと降りそそぐホールいっぱいに翼を広げ、天窓越しに春の青空を見上げる巨大な怪物像の姿が目の前に現れる。
 この博物館には何度も見学に来ているが、何度見てもその巨大さと美しさに圧倒される。
 ローランドが像の足元からメルセデスの方へ小走りにやって来るのが見えた。後ろめたい気持ちを隠すためか、変な作り笑いを浮かべている。
 一瞬、不機嫌な顔を作ってやろうかと思ったが、台座の向こう側へ回るアラツグ・ブラッドファングの姿がチラリと見えて、まあ今回は許してやろう、と思い直す。ローランドの親友の前で、あまり見っともない真似も出来ない。
「いやあ、エントランス・ホールで待っていようと思ったんだけどさぁ、アラツグのやつが一刻も早くグリフォン像を見たいっていうもんだから……」
 ローランドの見え透いた言い訳を白々しいと思いながらも(今日のところは、そういう事にして置いてあげる)と聞き流し、メルセデスは軽くうなづいて、ローランドと一緒に怪物像の足元へ向かった。
「何度見ても素晴らしい像ね」
 二人並んで怪物の像を見上げながら、メルセデスが婚約者の美少年に言った。
 金髪の美少年がうなづく。
「そうだな」
ただの金属製の像なのに、まるで生きているみたい」
ただの金属製……生きているみたい……か」
 おうむ返しに自分の言葉を繰り返した長身の美少年の顔を、メルセデスは不審そうに見上げた。
「ああ、と、何でもない……気にしないでくれ」
 視線を感じたローランドが弁解がましく言って、メルセデスの顔を見返した。
 一瞬、その瞳に迷いの光が浮かび、迷いを悟られまいとするかのように美少年はメルセデスから視線を外し、もう一度怪物の像を見上げた。
「なあ、メルセデス……」
「はい……」
「仮に、誰も知らない『ある重大な秘密』がこの世界に隠されていたとして、お前は、その『秘密』を知りたいか?」
「秘密?」
「ああ」
「さあ……それが一体いったいどんなたぐいの秘密なのかが分からないと、ちょっと答えようが無いでしょう」
「どんな秘密なのか、も含めての『秘密』だ」
「これは何かのゲーム? 私が貴方あなたの質問にどう答えるかによって勝ち負けが決まるような……」
「まあ、そんな所だ」
「うーん……こう見えて私、好奇心は旺盛おうせいな方だと思う」
「お前が、おしとやかな見た目とは裏腹の、好奇心旺盛なだって事は知っているよ……つまり『どんな重荷と責任が自分にのしかかろうとも、それでもこの世界の秘密を知りたい』と思う、って事か?」
「重荷と責任?」
「ああ、そうだ。一度秘密を知ってしまったら後戻りは出来ない」
 メルセデスは、もう一度「うーん」とうなったあと、婚約者に向かって答え直した。
「私は……好奇心も旺盛おうせいだけど、それ以上に警戒心の強い女よ。それに現実主義者でもある……人生の目標はただ一つ。私と、私の家族が末永く幸せに生きること」
「念のために聞くが、その『私の家族』とやらには、俺も含まれているんだろうな?」
「さあ、どうかしら? それはローランドの努力しだい、という事にしておきます……とにかく、私自身と周りの限られた人たちが日々心穏やかに平和に暮らす事こそが、自分の人生で最も重要であると思っています……背負いきれない責任を背負わされる位なら、あえてパンドーラのつぼを開けようとは思いません」
「パンドーラ……ああ、古代ギリシア国の寓話か……つまりさっきの答えを撤回して『秘密なんて知らなくて良い』という訳だな」
 それまでグリフォンのあごのあたりを見上げていたローランドが、最後にもう一度メルセデスを見て言った。
「お前はやっぱり頭の良い女だな……ゲームはこれで終わり。お前の勝ちだ」
「終わり、ですか? 何だか釈然としないゲームですね。ルールも勝ち負けの基準も曖昧あいまいなまま……何かを試された、って事だけは分かるけど……賞品は?」
「賞品か……言われるまで考えていなかったが……何でも欲しいものがあったら言ってくれ。俺の買える範囲内なら何でも買ってやるよ」
 この世に買えない物は無いと言われる大富豪ブルーシールド家当主の六男は、なぜか力ない声で婚約者に言った。
 ちょうどその時、衛士たちとの打ち合わせを終えたハンス・ゾイレが館内に入ってきた。
「おっと、鍵を借りっぱなしだったな」
 ローランドがポケットから東館の鍵を取り出し、秘書に渡した。
 受け取ったゾイレは一旦いったん連絡通路への出口まで戻って、重いなら材の扉に鍵を差し入れた。
 ローランド、メルセデス、ハンス・ゾイレ、アラツグ……四人しか居ない静かなホールの中に「がちゃり」と錠の掛かる音が響いた。
「これで我々以外の人間が東館に入って来ることはありません」
 ふたたびローランドのもとへ来たハンス・ゾイレが報告した。
「連絡通路側出入り口と外からの搬入口、この二か所にそれぞれ四人ずつ衛士を配置しました。全員、扉の外側に立っています。いずれもコバルド剣士団の精鋭うでききです」
 秘書の報告を聞きながら、ローランドは広いホール内を素早く見渡し、北側の壁にある小さな扉を目ざとく見つけて指さした。
「あれは……あの扉は、何だ?」
「この展示に関連した資料を収めた、付属の資料室です。ホールにはもう一つ小部屋があり、そちらは物置として使われています。どちらも徹底的に調べさせましたが、資料室にも物置にも不審なものは発見されませんでした。付属の小部屋を含め、今の東館には隠れる隙間も……」
 その時、ふと視線を動かしたゾイレの顔が驚愕きょうがくに歪んだ。
 とつぜん報告を中断したゾイレを不審に思い、ローランドは、凍り付いたような秘書の視線を追って背後を振り返った。
 御影石の台座をぐるりと回り反対側からこちらに向かってくるアラツグと、その横にピタリと寄り添うようにして歩く幼い少女の姿があった。