ハーレム禁止の最強剣士!

怪物、満月の夜に目覚め、少女、喜びに涙す。

1、グリフォン

 アラツグ・ブラッドファングがサミア公立博物館を訪れた日の、およそ
 ……満月の夜。
 大きな天窓を通った青白い月光がサミア公立博物館東館の内部を薄ぼんやりと照らしていた。
 鉄骨とガラスで出来たドーム天井の、一番高くなった中心点の真下に、御影石を積んだ台座が設置されていた。
 台座の上には巨大な怪物の像。
 わしのような鉤爪かぎづめで台座の角をガッシリとつかみ、翼を建物内いっぱいに広げて天窓ごしに空を見上げるグリフォン。
 人とエルフの手によって造られた偽りの生命体は、その夜、長い眠りから目覚め、三千年前に刷り込まれた手順に従って魔法の通信波動を放射した……『自分は、ここに居る』と。
 手順通りなら、間を置かず、自分に命令を下す〈使い手〉からの通信波動が返って来るはずだった。
 しかし、何時いつまで待っても返信の波動を感知することは出来なかった。
(……おかしい……)
 グリフォン像は戸惑った。
〈使い手〉の命令に従い、異界からの侵略者を迎撃する……三千年前、自分グリフォンを造った英雄たちから与えられた唯一の使命だ。
 たった一つの「存在理由」と言っても良い。
 その肝心の〈使い手〉が居ない。
(英雄は……自分が従うべき〈使い手〉は、まだ生まれていないのか?)
 いや、そんなはずがない。
 目覚めた直後、すでにグリフォン像は『空間のゆがみ』を検知していた。
 世界中のどんな生き物も感じ取れない程の微弱な空間の歪みが、周囲の複数の地点で発生している……そう感じられた。
 グリフォンの体内に蓄えられた魔力は強大だが、〈使い手〉からの起動命令が発せられていない現状では、この『造られた怪物』が使える力は限定的だった。
 魔法走査スキャンの有効範囲も、怪物グリフォン像を中心としたごく狭い空間に限られる。
 その狭い範囲の走査スキャンだけでも、多くの『兆候』を確認できた。
 は全世界で同時多発的に発生している可能性が高い。
 いずれ歪みは振幅を広げていき、各地で様々な怪現象を起こすようになる。
 三千年前の大賢者の予言に間違いが無ければ、この期に及んで〈使い手〉が生まれていないなどという事は考えられない。
(ならば、まだ〈使い手〉としての自覚が無い、つまりしていないという事か……あるいは、自分グリフォンも含めた〈けもの〉たちとの通信手段……〈使い手〉専用に造られた〈武器〉を手に入れていないのかも知れない……)
 このまま英雄の覚醒が遅れた場合、自分は……世界はどうなるのか、と予想してみる。
 ……第一に、異界から強力な怪物たちが侵略して来た時、の迎撃手段が失われる。
 グリフォンも、他の〈けもの〉たちも、〈使い手〉の命令無しで攻撃力を行使することは出来ない……そのように造られている。出来る事といえば探知魔法を放射して周囲の様子をうかがうか、僅かに首と目玉を動かすか、せいぜいそれ位だ。命令が無ければ、異界の怪物どもを相手に戦う事は不可能だ。
 ……第二に、そもそも〈けもの〉は、〈使い手〉の存在を前提に造られている。何らかの事情で〈使い手〉が現れなかった場合の代替行動手順や強制的に活動を停止するための安全装置のたぐいは組み込まれていない。
 これは想定外の事態だ。この状態が長く続けば……もし、命令者たる英雄が何時いつまでも現れなければ……
(何とかしなければ)
 グリフォンの内部に『変化』が生じた。人間の感情に例えて言うなら……それは『あせり』だった。

2、少女

 その時……グリフォン像は足元に何かが居ることに気づいた。
 探知魔法の精度を上げて、その「何か」の姿形すがたかたちや構成物質を特定する。
(……人間か?)
 人間の子供……少女……八歳程度と推測。
(いや、違う……外見こそ『少女』だが……これは……)
 グリフォンは首と目玉を少しだけ動かし、月光を浴びて青白く光る自分の前足のあたりを見た。
 その〈少女らしき物体〉が、こちらを見上げている。
「私が……私のことが……見えるの?」
 少女がグリフォンの瞳を見て言った。
 ……ああ。見えるさ……
 グリフォンが(音声言語ではなく魔法の力で)答えた。
 自分からたずねておきながら、まさか答えが返って来るとは思っていなかったのだろうか……少女がハッとして口に手をあて、大きく目を見開いた。
 そして突然、見上げる少女の大きな瞳からボロボロと涙があふれ出た。
「ああ……あなたには私が見える! 私の声が聞こえる!」
 うつむいて小さな両手で顔をおおった。
 指の間から嗚咽おえつの声がれる。
「八年りよ! この八年で初めて誰かと話せた……」
(なるほど……)グリフォンは思った。(高性能魔法感知機能を持つがゆえに、自分はこの〈少女〉を感知することが出来た……逆に言えば、そのような能力を持たない人間や動物たちには、この少女はのだ)
 目覚めたばかりで首と目玉を動かす位しか出来ないグリフォン……ただ〈使い手〉の到来を待つだけの自分グリフォン
 そして、人間の感覚では感知されず、誰にも気づかれる事のない孤独な少女。
(互いの能力と目的を交換できるかもしれない……つまり、だ)
 ……少女よ……
 グリフォンは、魔法の波動を〈少女〉に送った。
 少女が再び顔を上げ、高い位置から見下ろすグリフォンの瞳を見返した。
 ……私の力で……お前を可視化かしかしてやろう……
「か、し、か?」
 ……そうだ……普通の人間の目に見えるようにしてやる。
「ほ、ほんとう? そ、そんなことが、できるの?」
 ……簡単な事だ……お前の体を構成している魔力構造体に、可視光線を反射するための『力』を付加するだけだ。見えない魔力に『色を塗る』、それだけの事だ。
 グリフォンが言い終らないうちに少女の体が青白く輝き出し、輝きは五つ数える間に消えた。
 少女が自分の手や足を見る。別段さっきと変わった所は無い。
 普通の人間には見えない少女でも、自分で自分の体を視認する事は出来る。
 少女はグリフォン像の頭を見上げた。
「な……何にも変わってないみたいだけど……」
 少女の戸惑いに、金属で造られたグリフォンのくちばしの両端が、少しだけ吊り上がった。(グリフォンは微笑した)
 ……鏡を見るがいい……今まで、お前の姿は鏡に映っていなかったはずだ……可視光線はお前の体をすり抜けていたのだからな……しかし、今は違う……
 グリフォンの〈魔法の声〉を聞くが早いか、少女はタタタッと渡り廊下へ通じる出口に向かって走った。
 そして、大きく分厚ぶあつなら材の扉を
 四分の一時間ほど経過した後、再度、固く閉ざされた扉を少女が帰ってきた。
 全身で喜びを表しながら、グリフォン像の前足に抱き付く。
「鏡に映っていた! わたしの体が、鏡に映っていた! ありがとう! ああ! グリフォンさん! ああ! 何て言ったら良いの!」
 ……可視化しただけではないぞ……お前が念じるだけで、その体は自由自在に形を変える……ねずみになりたければ鼠に……猫になりたければ猫に……小鳥になりたければ小鳥にな。
 ……礼には及ばん……その代わり、今度は私の望みをかなえてくれ。
「望み? ……分かった。わたし、グリフォンさんのためなら何でもするわ。いったい何をすれば?」
 ……人間を……を、探してくれ。